2007-03-31

ダイオキシンって危険なの?(3)「市場原理の枠組みの中での、規制強化による弊害」

ダイオキシン問題は大きな社会問題の一つです。
日本で取りざたされたのは、1983年 都市ゴミ焼却施設の焼却灰と飛灰からダイオキシン類が検出されたのが始まりです。
それ以降、今日に至るまで様々な議論が巻き起こり、焼却場 を取り巻く状況は大きく変化してきています。
どうやらダイオキシン問題は、その危険性 だけではなく、それらを取り巻く社会全体の構造とも連動しているようです。
今回は、ダイオキシンの歴史や社会状況を踏まえた、ダイオキシン問題の本質に迫ってみたいと思います 8)
その前に、 ポチっとお願いします

 にほんブログ村 環境ブログへ


まず、ダイオキシン問題の歴史を紹介します :o
『ダイオキシン問題の歴史①(~1974年)』
『ダイオキシン問題の歴史②(1976年~1989年)』
『ダイオキシン問題の歴史③(1990年~)』


これに対して、政府が対応策 を打ち出しています。
『ダイオキシン問題に対する政策の推移』



                 

改めて、日本で取りざたされたのは1983年(昭和58年)、都市ゴミ焼却施設の焼却灰と飛灰からダイオキシン類が検出 されたのが始まりです。これ以降、様々な議論や問題が巻き起こっています


まず、ダイオキシンはどれだけ危険なものなのか を考えてみます。
もちろん、ダイオキシンそのものの危険度 は測りしれません。しかし、現実社会に存在するダイオキシンはどうなのでしょうか
『ダイオキシン問題の真実!』
『相当量のダイオキシンが降り注いだら人間はどうなる?』
これらに示した通り、通常の生活をしている限り、実は人体に危機的な影響を及ぼす代物ではない ことが分かります
次に日本で社会問題化をした時期について考えてみたいと思います。
まず、我々が議論をしているダイオキシンの量とはそもそもどれだけの量なのか、歴史 を追ってみます。
<1984年>100pg-TEQ/kg体重/日:評価指針を設定(厚生省)
<1996年>10pg-TEQ/kg体重/日:耐容一日摂取量として提案(厚生省)
<1996年>5pg-TEQ/kg体重/日:健康リスク評価指針値としてを設定(環境庁)
<1999年>4pg-TEQ/kg体重/日:耐容一日摂取量

これは一体どれだけの量なのでしょうか

1pg=ピコグラム(10のマイナス12乗グラム)というのは、9コースある50mプール一杯の米を1グラムとしたときに、米一粒 にあたります。しかも気体なので、どこにあるかわかないくらい小さな値 なのです。

これだけのミクロな世界での話 をしているのです。
では、このような量をどの様に測定するのでしょうか
その測定方法は「クロマトグラフィー」という方法が使われます。
この手法は、『ダイオキシン濃度の測定技術(クロマトグラフィー)』で紹介しています。
具体的なイメージは、 の西川計測さんのサイトで分かりやすく紹介されています。
『クロマトグラフィーとは?』
その測定技術の変遷を調べてみます。
中でも、先に示したごく微量のダイオキシン濃度が測定可能となったのは、
1975~1985年 の、ガスクロマトグラフィーによる、「超高分離、マイクロプロセッサ内蔵、CRT表示」などの開発によるところが大きいのです。
当然、その後は更なる技術向上 が実現されてきています。

参照;『クロマトグラフィーの歴史』

               
 
ここまでで、かなり繋がってきました。


ダイオキシンが日本で取りざたされた時期は、1983年(昭和58年)です。
ここまでの状況認識から判断すると、実態上1983年にはじめてダイオキシンが問題化したのではなく、この時期にダイオキシンを測定する技術が確立されたと言ったほうが正しいと考えられます。そして、政府の規制は、これらの測定技術向上の後を追うかのごとく、強化されているという事実も浮かび上がってきます。

ダイオキシンが人体に影響を与えることによる規制強化と捉える事には、かなり違和感 :cry: があります。むしろ、市場を拡大するための規制と考えた方が論理が整合 :D します。
つまり・・・、

ダイオキシン規制を強化することで、行政は規制を求める市民団体に対策を講じたと評価され、その片方で、高度処理技術開発を支援し新産業を育成し、大きな利権を生み出しているのです。これらの制度が定着行くにつれ、処理の為の莫大なエネルギー浪費や、便利さの為の石油化学製品の大量生産大量消費という『問題の本質』が『置き去り』にされていくのです。

                 
   
以下のように、話をまとめることができそうです。

①測定技術の発達によりダイオキシンの測定が可能になる
②マスコミが焼却場を槍玉にとり、ダイオキシン問題を騒ぎたてることで社会問題化
③高度処理技術開発による新産業が確立
④規制を強化することで、②、③の流れが促進され大きな利益を生み出す

技術開発そのものは素晴らしいことです。
しかし、その目的が市場第一という観念にあることは大いに問題です。
その技術開発やこれらの規制のために、相当量のエネルギーと、大量の税金も投入されていますが、ダイオキシンが問題か否かは二の次となってしまっています。これは、現実にダイオキシンが人体に与える影響が小さいという事実とも整合します。
ダイオキシン問題とは、「市場原理の枠組みの中での、規制強化による弊害そのもの」であるということではないでしょうか。

List    投稿者 kumakei | 2007-03-31 | Posted in G.市場に絡めとられる環境問題, K01.ダイオキシン3 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2007/03/115.html/trackback


コメント3件

 Wakamoto | 2008.06.12 22:25

熱エントロピーは数式で表現出来る量なので、地球への出入りを理解し易いと感じます(太陽表面温度と地球大気上層温度の違いから地球の熱エントロピー収支が大雑把に評価出来る)。
熱エントロピーの議論から、地球大気循環を熱機関と見なすことも容易です。
が、我々生命体にとっては熱エントロピーよりも物質エントロピーの方が、より重要なのでは、と思えます。
生命体とは自身のエントロピーを低く抑えるもの、と言い換えるならば、生体秩序は熱エントロピーで捉えるよりも、物質エントロピーで記述するという考え方が適切ではないか。
で、温暖化というものは地球大気上層の温度が上昇することによって、地球外へ放出できる熱エントロピーが少なくなってしまうことが生命体にとって重大な問題である、と自分なりに理解したくなります。しかし、ここで温暖化と前述の物質エントロピーの関係がどうしても論理的に把握できないで困ってしまいます。根本的に無理のある仮説なのでしょうか。
キーとなるポイントは、物質の溶解度が非常に大きくかつ、海という巨大な容積を誇る水の持つ作用ではないか、と考えています。
排泄された物質を大大希釈することによって物質エントロピーの巨大なプールとなっている海への、水の循環に齟齬が生じる、という点で温暖化と物質エントロピーとを定量的に関係づけることができないものでしょうか?

 Wakamoto | 2008.06.12 22:26

熱エントロピーは数式で表現出来る量なので、地球への出入りを理解し易いと感じます(太陽表面温度と地球大気上層温度の違いから地球の熱エントロピー収支が大雑把に評価出来る)。
熱エントロピーの議論から、地球大気循環を熱機関と見なすことも容易です。
が、我々生命体にとっては熱エントロピーよりも物質エントロピーの方が、より重要なのでは、と思えます。
生命体とは自身のエントロピーを低く抑えるもの、と言い換えるならば、生体秩序は熱エントロピーで捉えるよりも、物質エントロピーで記述するという考え方が適切ではないか。
で、温暖化というものは地球大気上層の温度が上昇することによって、地球外へ放出できる熱エントロピーが少なくなってしまうことが生命体にとって重大な問題である、と自分なりに理解したくなります。しかし、ここで温暖化と前述の物質エントロピーの関係がどうしても論理的に把握できないで困ってしまいます。根本的に無理のある仮説なのでしょうか。
キーとなるポイントは、物質の溶解度が非常に大きくかつ、海という巨大な容積を誇る水の持つ作用ではないか、と考えています。
排泄された物質を大大希釈することによって物質エントロピーの巨大なプールとなっている海への、水の循環に齟齬が生じる、という点で温暖化と物質エントロピーとを定量的に関係づけることができないものでしょうか?

 Wakamoto | 2008.06.12 22:27

熱エントロピーは数式で表現出来る量なので、地球への出入りを理解し易いと感じます(太陽表面温度と地球大気上層温度の違いから地球の熱エントロピー収支が大雑把に評価出来る)。
熱エントロピーの議論から、地球大気循環を熱機関と見なすことも容易です。
が、我々生命体にとっては熱エントロピーよりも物質エントロピーの方が、より重要なのでは、と思えます。
生命体とは自身のエントロピーを低く抑えるもの、と言い換えるならば、生体秩序は熱エントロピーで捉えるよりも、物質エントロピーで記述するという考え方が適切ではないか。
で、温暖化というものは地球大気上層の温度が上昇することによって、地球外へ放出できる熱エントロピーが少なくなってしまうことが生命体にとって重大な問題である、と自分なりに理解したくなります。しかし、ここで温暖化と前述の物質エントロピーの関係がどうしても論理的に把握できないで困ってしまいます。根本的に無理のある仮説なのでしょうか。
キーとなるポイントは、物質の溶解度が非常に大きくかつ、海という巨大な容積を誇る水の持つ作用ではないか、と考えています。
排泄された物質を大大希釈することによって物質エントロピーの巨大なプールとなっている海への、水の循環に齟齬が生じる、という点で温暖化と物質エントロピーとを定量的に関係づけることができないものでしょうか?

Comment



Comment


*