2007-10-20

ツバル、海面上昇で沈むのか?

温暖化による海面上昇によって、太平洋の島国ツバルが沈んでしまうという。
テレビで何度も放映されているので、島の広場が海水に沈んでしまう光景を見た人は多いと思う。
しかし、この地域の海面上昇はオーストラリアの発表によると過去13年間で75mm。
映像で見る海水の噴き出しは数十センチに及んでいる。これはどういうことか?
ツバル、首都フナフチのある島
p1.gif
地面から海水が噴き出る場所
p3.jpg
続きは、下をポチッと。

 にほんブログ村 環境ブログへ


この話はネット上でもよく出ていて、諸説がある。
・さんご礁で出来た島であるため、さんご礁の形成速度よりも、さんごの風化速度が上回るようになったため。
・気温の高くなる季節が従来よりずれて、高潮の季節に重なるようになったため。
・ツバルは貧しく、保証金欲しさの情報操作。
その中でも比較的冷静な現地報告があった。
気候ネットワーク通信~ツバル滞在記~http://monden.daa.jp/01tuvalu/guest01.htmlより

ツバルは、赤道とフィジーの間、南太平洋、ポリネシアにある。9つのサンゴ礁でできた島から成り、9,359人(2002年)が、約26km2(9つ島全部合わせた面積)に住んでおり、世界で2番目に人口が少なく、4番目に面積が小さい国である。また、国の中で一番高いところでも、標高が5mしかないとても国土が低い国だ。 ・・・
フォンガファレ島では、潮位が3m越えた4月16~18日の満潮時、地面からポコポコと海水が湧き出し、ロトヌイ・マネアパと呼ばれる集会場の前の広場、その周辺の家の床下や道路が数十分のうちに浸水するという事態が起きた。異常潮位のときに比べると浸水の規模が小さいからかもしれないが、そこに住む人々はこの事態には慣れたもので、普段と変わりなく生活を送り、子どもたちはにわかに現れた海水プールで無邪気に遊んでいた。しかし、私には、突如として海水が地面から、それも住居のすぐそばで沸き出る様子は、とても異様に映った。・・・
 しかし、フォンガファレ島で起こっている海岸侵食や地面から湧き出す海水が、この海面上昇の直接的な影響によるものなのか、過去の土地利用の変化、もしくは、自然の変化によるものなのかどうかは、はっきりしていない。
 南太平洋応用地球科学委員会(SOPAC)は、フナフチ環礁の1984年の航空写真と2003年の衛星写真の比較分析した結果、リーフ側の海岸で侵食が進んでいる証拠は見つからなかったと結論づけている。また、海水の湧き出す現象は、地盤がサンゴ礁でできているため、満潮時に海水面より低くなる地域では、昔から見られたものであり、人々がその影響を受けるようになったのは、戦中の1942年にアメリカ軍が、島の北と南に数箇所穴(ボローピット)を掘って得たサンゴや砂で、フォンガファレ島の中心部にある海面より低い湿地帯に作られた、タロ芋の一種であるプラカ芋(ツバル人の主食)の畑を埋め立て滑走路を作った際、埋め立てられず残ったもともと海面より低い土地に、その後の人口増加で人が住むようになったからという分析がある。

つまり、もともと低い土地に人が住み始めたからかもしれないという。噴き出る海水に驚かない様子にも合致する。人口増加そのものが、この小さな島のキャパを超えているということかもしれない。
しかし、である。

 しかし、勘違いしてもらいたくないことがある。ツバルで今起こっていることが、地球温暖化の影響であるか科学的にはっきりしないから、地球温暖化対策をやらなくてもいいというわけではない。ツバルが地球温暖化の様々な影響に脆弱な国であることは変わりなく、今起こっていることがその脆弱さを証明している。

そう、さんご礁形成速度の問題だとしてもさんご白化現象は海水温度の上昇であり、気温上昇期のずれだとしても気象変動の結果である。
そしてなぜか、日本ではツバルが有名だが、もっと人口の多い、キリバス(10万人)の大統領も以下のように宣言している。

 首都タラワの大統領官邸で、30日、インタビューに応じたトン大統領は、キリバスの水没は不可避との見方を強調、「小さな我が国には海面上昇を防ぐ手だてなどなく、どうしようもない」と述べた。国際社会の取り組みについても、「温暖化は進んでおり、国際社会が(2013年以降のポスト京都議定書の枠組みなどで)今後、どんな決定をしても、もはや手遅れだ」と明確に悲観論を展開した。
 また大統領は、温暖化に伴う海面上昇について「国民の平穏な生活を奪う『環境テロ』」と強く非難。京都議定書に参加しない米国、オーストラリアを名指しで挙げ、「我が国は存亡の危機にひんしているのに、高い経済水準を保とうとしており、極めて利己的だ」と批判した。

「環境テロ」!もっともかも知れない。
「高い経済水準を保とうとしており、極めて利己的」というのも耳が痛い。
どれだけ上昇するかはまだよく解らないが(IPCCの見解もこれに関しては少なめである可能性もある)、測定結果が正しければ上昇しているのは間違いない。
「だから、明日からエコバッグで買い物をしよう」では解決しない。
市場のしくみから変えていかないと解決しない。
その上で、実際、移住という選択肢があるのかもしれない。地球環境の変動に対して、太古から人は移動を繰り返した。問題は市場社会の中では、何をするにもお金がかかるということだ。

List    投稿者 hihi | 2007-10-20 | Posted in G.市場に絡めとられる環境問題2 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2007/10/199.html/trackback


コメント2件

 tyoko | 2007.12.20 8:02

環境問題はいろいろ考えます。環境を悪くすれば、その報いは人間自身が必ず受けます。人間は自業自得だけど、動植物はいい迷惑ですね。

 良治 | 2007.12.20 22:24

大衆意識を考察するには、いろいろあるが、一つの参考書としてオルテガ・イ・ガセットの「大衆の反逆」を薦めたい。名著である。現代の問題を振り返ったとき、オルテガの言葉がよみがえるのはなぜだろうか。結局のところ大衆は愚のままで何も変わらなかったことに気がつかされる。では学者はと言えば、これもまた愚である。人類はこの堂々巡りの中で何の真理も得てはいないのだろう。人類に目的はあるのか。生命に意味はあるのか。自然とは何か。繰り返しの説教を唱える宗教のごとく、環境問題を説いたところで、人類はその脅威には目を向けるだろうが、結局、目的もなく自らが救われることのみを考え、思い巡らすのだろう。我々自身も自然の産物である。思考もその副産物である。人類が自然の一部であろうとするならば、自然の摂理はキット我々人類が地球から消えることを選択するだろう。

Comment



Comment


*