2012-01-28

【自然災害の予知シリーズ】-11-地震発生前のマグマの熱移送による「地表温度の上昇」を観測するリモートセンシング

みなさん、こんにちは
当シリーズでも「VLF電波」「ULF電波」「ラドン濃度」など、日本においても可能性のありそうな地震予知の方法が見えてきました。今回も引き続き、可能性探索です!
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今回は、地震発生のメカニズムから、直接的な地震観測により地震予知する手法を探索します。
電磁波やラドンといった電気・化学的反応以外で、直接地震の前兆現象を押える方法を探っていきます。そのためにも、まずは、地震の起こるメカニズムから押えていきましょう。

地震といえば、プレートテクトニクス説が定説でしたが、地球の内部の様子が明らかになるにつれて、様々な矛盾(プレート説では説明がつかない事例etc)があることが、分かってきました。
では、実際に地球内部はどうなっているのでしょうか?
(※“プレートテクトニクス説のおかしさ”については、こちらをご覧下さい。)

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  投稿者 staff | 2012-01-28 | Posted in D.地球のメカニズム, D05.自然災害の予知No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(12)中世初期~近代科学の源流は、キリスト教の世界認識方法~


前回記事では、“観念こそが絶対“とする近代科学の思考パラダイムが、“科学“が道を踏み外した原因であるという提起をしました。

そしてそれは、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンなど、神の権威付けのための観念的論証能力を有する知的特権階級が活躍した時代でした。

そして、彼らの新しい認識手法は、その時期より少し前に、金貸しの支援で自らの経験的手法(≒実験)を公開し注目を集めていた職人の潜在思念的手法を、知的特権階級である彼らが取り込み、観念を操り再構築することで生まれました。

【プリンキピア】     

これにより、潜在思念で対象をありのまま認識することで現実認識を塗り重ねてきた職人の世界から、観念を操り思弁的論証に長けた知的特権階級へと、自然科学に対する実権が移りました。これが観念を絶対視する近代科学のはじまりだと考えています。

そして、彼ら知的特権階級は、中世後期のキリスト教の影響を受けた大学の学者にあたります。彼らはそこで、神の存在証明のための思弁的な学問である神学を中心に観念的論証技術を磨き、その根拠としてギリシア思想の自然科学論理を都合よく改変し取り入れたのです。そして、この知的特権階級のルーツをたどると中世前期のキリスト教教父に行き着きます。

また、シリーズを重ねる中で、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンとともに近代科学が興ったのは、それまでキリスト教権力に仕えていた知的特権階級としての学者が、キリスト教を凌駕する勢力になってきた金貸しへと、宗主替えを行った結果だと考えています。これにより、キリスト教の『観念を絶対化』する世界認識方法が近代科学に受け継がれたのだと思うようになりました。

これは、近代科学が西欧キリスト教世界のみから生まれたこと、つまり、それ以外の地域では自然は人間を超越しているという世界観を受け入れ、魔術的ではあれども自然に対する超越観を残していたことで、『観念の絶対化』は行われなかった、という歴史にも符合します。

また、キリスト教的な世界認識方法の対極にあるのが、現実世界(自然)は、人間の認識能力をはるかに超えた存在として捉える、精霊信仰です。

そこにあるのは、たとえ完全に同化することは出来なくても、すこしでも近く対象に迫っていくという感覚だけで、その対象に超越性を感じるという謙虚な思考法になってきます
これは原始人の精霊信仰と同じです。

素人が創る科学の世界~プロローグ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』

これらの認識方法と、頭の中の観念だけを絶対化して、超越した自然現象をその観念により逆規定し、かつ矮小化していくという近代科学の認識方法とは180度異なります。このため、このような人類本来の本源的認識方法がどこで改変されてしまったのかも、合わせて追求していきたいと思います。

このような見通しをもとに、中世初期、中世後期、2回に分けて、キリスト教的な世界認識方法の変遷を追ってみたいと思います。その上でシリーズを通してのまとめとして、エピローグをアップとしたいと思います。

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  投稿者 sinsin | 2012-01-16 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(11)~“観念の絶対視”が近代科学技術の根本問題~

いよいよ、『科学はどこで道を誤ったのか?』シリーズも11回目を向かえました。
今回は次回の最終回に向けて、これまでのエントリーのうち、近代科学技術の発展の歴史を扱った(7)(8)(9)(10)を改めて整理し、近代科学技術の歴史を通じた根本問題に迫りたいと思います。

◆ ◆ ◆ “現実と乖離した観念のみ”で体系化されていく過程が近代科学技術の歴史

現実と乖離した観念(=数学)に自然を置き換え法則化することを優先した時代(17C) (シリーズ7)

近代の科学者たちは自然をあるがままに観るのでは無く、数学的形式にあてはまるように(都合よく)現実には存在しない抽象概念を創出しました。そして、事物の本質の探究よりも、数学的表現を用いて現象の定量的法則の確立を優先させたのです。

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自然認識における近代への転換を象徴しているのが、ガリレオの実験であった。
滑らかな斜面を用いることで落下時間を引き延ばして時間の測定を容易にし、かつ空気抵抗の影響を低減させることで自然界には存在しない真空中での落下という理想化状態に人為的に近づけてなされたその実験の目的は、それまでの魔術師による自然の模倣としての驚異の再現や技術者による試行錯誤を通じてのノウハウの改良ではなく、時間と空間の関係としての定量的法則を確立することであった。

【ガリレオ】     

※【福島の原発事故をめぐって 山本義隆著】より引用

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ガリレオは、物体は「なぜ」落下するのか、さらには落下のさいに「なぜ」加速されるのか、というそれまでの自然学の設問それ自体を退け、物体は理想と考えられる状況において「どのように」落下するのかという問題-落下の様態の数学的表現の確定- に自然科学の守備範囲を限定したのである。
またニュートンは、万有引力の法則を数学的に定式化したが、重力の本質(なぜ引き合うか)を明らかにせず、自ら棚上げにした。

【ニュートン】    

※【一六世紀文化革命 山本義隆著】より引用

自然認識は近代以前から古今東西に存在しますが、数学による自然の記述に偏向したのは近代に入ってからです。
「自然の言葉は数学で書かれている」というガリレオの発言に象徴されるように、自然界を数量化できるという幻想(正当化観念)が登場したのが17Cでした。

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  投稿者 tutinori | 2012-01-08 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(10)~“科学技術の申し子”が起こした惨劇

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これまで、近代科学技術の成立過程について歴史を辿って見てきました。
今回はそれらを踏まえ、近代科学技術がどのように原子力発電を生み出してきたのかを考えてみます。

まずは、山本義隆著「福島の原発事故をめぐって」より引用します。

経験主義的にはじまった水力や風力あるいは火力といった自然動力の使用と異なり、「原子力」と通称されている核力のエネルギーの技術的使用、すなわち核爆弾と原子炉は、純粋に物理学理論のみにもとづいて生み出された。実際、これまですべての兵器が技術者や軍人によって経験主義的に形成されていったとの異なり、核爆弾はその可能性も作動原理も百パーセント物理学者の頭脳のみから導き出された。原子炉はそのバイプロダクトである。その意味では、ここにはじめて、完全に科学理論に領導された純粋な科学技術が生まれたことになる。しかし理想化状況に適用される核物理学の法則から現実の核工業-原爆と原発の製造-までの距離は極限的に大きく、その懸隔を架橋する課程は巨大な権力に支えられてはじめて可能となった。その結果は、それまで優れた職人や技術者が経験主義的に身につけてきた人間のキャパシティの許容範囲の見極めを踏み越えたと思われる。

ポイントは3つです。

◆ 1.経験に基づかず、純粋に科学理論から生み出された
◆ 2.理想的な状況にのみ適用される物理法則に基づいている
◆ 3.巨大な資本力を投下できる権力に支えられて実現した

  

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  投稿者 sztk | 2012-01-07 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(9)近代Ⅱ~国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者~

18世紀に蒸気機関が誕生した頃は、技術者の工夫の積み重ねが産業革命につながる発明を支えており、まだ技術が科学を先行していました。
しかし、19世紀に実験室で生まれた電磁気学により、始めて科学が技術を先導してゆきます。
科学は電磁気を得て、科学者の頭の中の夢想に沿って人工の実験が試され、それを数式化してそのまま現実の技術として転用されます。
ここについに、科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での「科学技術」が始まったのです。

では、そのような科学技術が、国家権力や支配組織と結びつくとどうなるのでしょうか?
山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」を参考に、解明していきます。

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  投稿者 staff | 2012-01-06 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?2 Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(8) 近代Ⅰ~実験室で生まれた電磁気学が技術を先導し、観念発の「科学技術」が始まる~

 今回は、18~19世紀、近代が進んでいく世界を見ていきます。中世スコラ学の閉塞を打ち破ったのは16世紀の技術者たちでした。が、彼らは技術は自然にかなわないと自覚していました。それを、「自然を征服する」と言い出したのが17世紀の科学者たちだったのです。しかし、ガリレオやニュートンが等加速度運動や万有引力など物理法則を発見しても、それがそのまま技術に転化することもなく、実世界での革新は、まだ技術者たたちの工夫に依っていたのです。
 今回は科学者の発見が実際に世界を変えて行き、観念から物が生まれる過程を見ていきます。
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写真はジェームズワット、ジュール、ファラデーです。ウィキペディアから
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  投稿者 hihi | 2012-01-05 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(7)近代の前夜~「科学技術による自然の征服」という思想の登場~

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(左からコジモ・ディ・メディチ一世、コジモ・ディ・メディチ二世)
 
自然を支配対象と捉える認識は、西洋のルネサンス期の魔術思想やヘルメス主義に萌芽が見られます。
その後16世紀末から17世紀に「科学技術による自然の征服」という思想が登場します。
この自然に対する対象認識の変化が、以降の科学技術発展における大きな転換点であったと考えられます。
今回はこの近代前夜の大転換の過程を押さえていきます。

 
◆ ◆ ◆ 金貸しの台頭⇒エリート知識人を囲い込み(パトロン化)
 
十字軍遠征への投資で財を蓄えて台頭してきた欧州の金貸し(商人)階級は、大航海時代に入ると、ラテンアメリカ侵略によって、莫大な富を蓄積して、大きな力を持つようになりました。
そして、さらなる私権獲得の可能性を求めて、ルネサンス活動や魔術思想に取り組む人々をパトロンとして支援しました。
ルネサンス(人間主義)は、欲望⇒私利私欲の追求を至上のものとする価値観であり、魔術思想は、自然を人間の快美欠乏を満たすための使役対象としており、いずれも人々の欲望を正当化して、市場拡大を促進するのに都合がよかったからです。
 
【参考】
近代科学の成立過程2~金貸しに都合のよい思想を過去から拝借したパクリ思想がルネサンス
『科学技術はどこで道を誤ったのか?』(5)ルネサンス(14~16c)~自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ
 
金貸し階級のこのスタンスは、科学技術に関しても同様で、近代科学の土台を確立していくエリート知識人達もパトロネージして囲い込んでいきます。
 
そして、エリート知識人達にとって、パトロンは食い扶持の確保や名声獲得の拠り所であったため、パトロンの意向に沿った研究成果をあげることは極めて重要な課題でした。
 
この関係を近代科学の父と呼ばれるガリレオの例で見てみます。
 

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  投稿者 aironGst | 2012-01-04 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(6)大航海時代(15c中~17c中)~戦争と市場拡大により発達した鉱業による、近代科学と生産関係の変化~

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(※右側の写真は賢者の石を求める錬金術師、左側の写真はホムンクルスを作り出す錬金術師)

「科学技術万能観」がどのようにして形成されてきたのか?を追求するシリーズ第6回目です。
前回の記事で、ルネサンス期は、自然に対する畏怖の念を中世から受け継いでいたものの、自然を学ぶことで人間が宇宙の力・自然のエネルギーを使役しうるという信念が公然と語られ始めたことがわかりました。
今回は、この自然観の変化が、大航海時代の戦争、航海という実学を通してどのように変化していったのか?ここに焦点を当ててみたいと思います。

大航海時代は、15世紀中ごろから17世紀中ごろまで続いたヨーロッパ人によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの植民地主義的な海外進出をいう。国王、ローマ法王ともに、海外侵略を強力に後援し、競い合って、莫大な利益を手に入れた。(Wikipedia より)
この私権拡大競争(戦争)を勝ち残るために西ヨーロッパで、航海、金属精錬、とりわけ製鉄技術が発展し、これがヨーロッパ人が地球の支配者として立ち上がることを可能にした物質的条件でした。
そしてそれが、近代科学と賃金労働による分業という近代の生産関係の土台を形成していくと同時に、自然観への転換も伴っていたのです。

 

今回も、山本義隆氏(※リンク)の著書(十六世紀文化革命「第四章 鉱山業・冶金業・試金法」 山本義隆著】)の中身を紹介しながら進めていきます。

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  投稿者 runryu | 2012-01-03 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(5)ルネサンス(14~16c)~自然魔術による自然支配観念の萌芽と、「科学」「技術」統合への流れ

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1434年にフィレンツェの実権を握った「コジモ・デ・メディチ」(1389~1464年、左写真)は、メディチ家の始祖で、ルネサンス初期の重要なパトロン。フィチーノやピコに古代魔術の書「ヘルメス文書」の翻訳を命じた。

福島原発事故によって、“原子力”を生み出した科学技術が万能ではないことや、人間が自然の力をコントロールすることなど到底不可能であることが誰の目にも明らかになりました。
こうした「科学技術万能観」がどのようにして形成されてきたのか?を追求するシリーズ第5回目は、山本義隆氏の著作である「磁力と重力の発見」及び「一六世紀文化革命」を元に、ルネサンス期に焦点を当て、その萌芽を探ってみたいと思います。
ルネサンス(仏: Renaissance 直訳すると「再生」)とは、一義的には、14世紀 – 16世紀にイタリアを中心に西欧で興った古典古代の文化を復興しようとする歴史的文化革命あるいは運動を指す。また、これらが興った時代(14世紀 – 16世紀)を指すこともある。(Wikipedia より)
と一般的に定義されるルネサンスですが、その背景には、十字軍遠征(イスラムからの掠奪)による富の蓄積、その結果として商人(金貸し)によるベネチアやフィレンツェなどの都市国家の形成、そして、恋愛観念の蔓延があります。

ポイントは2点です。
1.自然魔術による自然支配観念の萌芽
2.「科学(学問)」と「技術」の統合への流れ

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  投稿者 kota | 2012-01-02 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?4 Comments » 

『科学はどこで道を誤ったのか?』(4)ヘレニズム・ローマ帝国時代~帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化と個人の救い欠乏発の数学の発展

あけましておめでとうございます。
新年早々、『科学はどこで道を誤ったのか?』という重たいテーマで申し訳ありませんが、世の中を「おめでたくできるかどうか」は「暗い現実を突き抜ける可能性の発見」でしかありませんので、早速、追求を継続したいと思います。
そして、そう思っていたら、中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)について、川勝平太・静岡県知事は、「福島第一原発事故で(浜岡原発と同じ)沸騰水型は危ないというのが日本人の共通認識になった」として、中部電の津波対策が完了しても再稼働を認めない方針を明言した。というニュースが入ってきました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111231-00000583-yom-pol

川勝さんがいうように「人々の共通認識」が社会を動かす時代なのですから、ますます正しい事実認識を積み上げていくことだけが、この暗い世相にあって、唯一可能な「世の中を明るくする方法」です。
応援をよろしくお願いします。
 
。前稿で、ギリシア科学思想のうち数学的自然観を中心に扱いましたが、有機体論、要素還元論と本来、多様性に富んでいました。しかし、肝心の国家統合が限界を見せ、より強大な専制国家=帝国が登場する中から、科学は一方で帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化を進めつつ、他方で個人の救い欠乏発の数学の発展をみせます。
引き続き、括弧内は坂本賢三「科学思想史」からの引用です。
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写真はウィトルウィウス人体図。紀元前1世紀頃のローマの建築家ポッリオ・ウィトルウィウスは、著書「建築論」のなかで、腕を伸ばした人間は円と正方形の両方に正しく内接すると主張した。ウィトルウィウスは数学的自然観のみの科学者ではないが、そんなウィトルウィウスの中にも数学的自然観が色濃く存在する。写真はhttp://www.ops.dti.ne.jp/~manva/da_vinci/as_scientist/others.htmからお借りしました。

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  投稿者 staff | 2012-01-01 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments »