【気象シリーズ】日本の局地気候と農業 ~野菜のうまみは、きびしい環境で増大する~
野菜のうまみと、ビタミンなどの栄養素はどう関係しているのでしょうか?
前回の【気象シリーズ】「日本の局地気候と農業 ~奈良県・宇陀でおいしい野菜が採れるのには理由がある~」では、野菜のうまみの一要素として「甘み」(糖分)を取り上げました。その追求の中で野菜の「甘み」(糖分)は気候の寒さや寒暖の差という、植物にとっては「逆境」ともいえる環境のもとで、より多く生成されることがわかりました。
【奈良県の大和野菜】
※奈良県・斑鳩小学校さんからお借りしました
でも、野菜のうまみは「甘み」(糖分)だけではありません。
今回は気候と野菜のうまみを探る第2弾として、糖分と同様に野菜のうまみを形成しているビタミンCやカロテン(カロチン)といった栄養素を取り上げてみます。
野菜の中で抗酸化物質(ビタミンなど)が増える理由
そもそも糖分以外の栄養素って、どんなものがあるのでしょうか?
従来、栄養素と言えば「たんぱく質・糖質・脂質」の3大栄養素という形で括られていましたが、最近は「ビタミン」「ミネラル」、更には「植物繊維」や「抗酸化物質」を加えた7大栄養素という言葉も使われるようになっています。
※全国発酵乳乳酸菌飲料協会さんからお借りしました
確かに貧しかった時代には3大栄養素が重要でした。でも、今は“飽食の時代”ですから、糖質や脂質といった物質よりも、むしろビタミンや食物繊維といった健康維持のための物質の方がより注目されるようになってきたわけです。
なかでもビタミンCやカロテンなどの抗酸化物質は、野菜に多く含まれていますが、そもそもなぜ野菜には抗酸化物質がたくさん含まれているのでしょうか?
これには植物の特徴である、光合成が関係しています。
植物は葉の気孔から外部との気体や水分の出し入れを行っていますが、気孔が閉鎖するような環境ストレスにさらされると、二酸化炭素(CO2)を葉の中に入ることができずCO2を光合成に利用できなくなります。これは非常に危険な状態です。
というのも、光合成で利用する光のエネルギーは非常に高いのですが、その行き場がなくなってしまい、身の回りに豊富にある酸素(O2)へと流れ、反応性に富む活性酸素(スーパーオキシドラジカル、過酸化水素、ヒドロキシルラジカルなど)に変化してしまいます。
これらの活性酸素が蓄積すると、葉緑体内の細胞成分が活性酸素によって酸化障害をおこす、つまり植物で「日焼け」が生じてしまうわけです。例えば、雨が降らない日が続く(=環境ストレスが増加する)と、植物は見る見るとその色を失い、茶色を呈し、枯死してしまうという姿がそれです。
このように植物は、生きていくために光合成に必要な光エネルギーを体内に受け入れているわけですが、環境次第ではそれが“毒”を生成し、更には死に繋がるという、非常に危ういバランスの中で生きていることがわかります。
※植物栄養学研究室さんからお借りしました
だからこそ、植物は長い進化の歴史のなかで、周囲の環境の変化に適応するためのストレス耐性機構として、抗酸化物質(ビタミンC、ビタミンEなど)の生成によって活性酸素を消去する機能を獲得してきたのです。
【抗酸化作用とは】
※役に立つ薬の情報からお借りしました
抗酸化物質とは酸化されやすい物質のことです。酸化されやすいので、活性酸素などによって生体が酸化されるよりも優先的に抗酸化物質が酸化されます。そのため高濃度の場合は、かえって酸化を促進させる危険性がありますが、正常な状態では、酸化を防止するように作用し、酸化を促進することはないと考えられています。
参照:
植物栄養学研究室
健康・医療館
国立環境研究所ニュース
抗酸化物質の効用は植物も人間も同じ
植物だけでなく、われわれ人間の体内でも抗酸化物質は重要な役割を果たしています。
※理化学研究所さんからお借りしました
最近は「放射性物質から身を守る」という視点からも抗酸化物質が注目されていますが、活性酸素が体内のたんぱく質や脂質・DNAなどを酸化させ、老化を促進したり、身体の機能に多大な影響を与えてしまうため、抗酸化物質がこの活性酸素を除去、あるいは作用を弱める働きをしているのです。
しかし植物と違って、人間や多くのほ乳動物はビタミンを自分でつくることができません。ですから、ビタミンをつくる能力を持っている植物、微生物を摂取することで、生きているのです。
参照:
日本ビタミン学会
ビタミンなどの栄養素も逆境下で増える
外圧環境からのストレスで活性酸素が生成され、それと連動して抗酸化物質が生成されているとすれば、野菜の中の糖分が逆境下で増えたのと同じように、ビタミンCなどの抗酸化物質も厳しい環境下で増えてもおかしくありません。
実際、栽培技術を工夫して外圧環境に変化を加えることで、栄養価の高い作物を作る事例があります。以下、その代表例を3つ紹介します。
<越冬(雪下)にんじん>
一般的ににんじんは7月~8月に種まきをして11月~3月に収穫しますが、青森など積雪の多い地域で、秋に収穫するにんじんをわざと畑に残し、雪の下で越冬させて春に収穫するという農法があります。雪の中でにんじんは凍ることもなく、ちょうど良い条件で貯蔵されるため、おいしいにんじんが育ちます。東北農業試験場の調査では、越冬後の方が糖とビタミンEの含有量が増える、という結果が出ています。
※助安農場さんからお借りしました
<寒じめホウレンソウ>
外の環境と切り離されたハウス栽培でも野菜のおいしさをアップさせる農法があります。冬、ハウスの中で育てたホウレンソウを収穫前にあえて外気に晒します。10日~14日以上寒さに晒しながら育てることで、糖と一緒にビタミン、ミネラルの含有量も増え、しかも有害成分である硝酸およびシュウ酸の含有量は逆に減少するため、おいしいホウレンソウを作ることができます。
※北海道農業研究センターさんからお借りしました
<塩(フルーツ)トマト>
一般的に野菜の生育において塩分は害になりますが、あえて水分が少なく塩分の多い厳しい環境で栽培することで、糖のみならずビタミンやミネラルが凝縮した栄養価の高いトマトが育ちます。もともと高知県の農家の方が、災害で海水をかぶってしまったハウスで、トマトがとてもおいしく育ったのを発見したことから生まれた栽培法です。今では全国各地で様々な工夫がされて栽培されており、最近では震災後に塩害農地の復興方法として話題になりました。
※司こだわりの逸品さんからお借りしました
このように、糖分だけでなく、ビタミンなどの栄養素についても厳しい環境下で数値が増え、結果として野菜のうまみが増していることがわかります。
また同様に、野菜のうまみ成分の代表格と言われるグルタミン酸(アミノ酸の一つ)も、長期生育(≒長期間自然外圧に晒す)による熟成過程や、寒い環境のもとで増大することがわかっています。とりわけハクサイやトマトに顕著です。
参照:
「野菜のビタミンとミネラル」(2003年・女子栄養大学出版部・辻村卓ほか著)
「蘇るおいしい野菜」(2000年・宝島社・飯田辰彦著)
「『うま味』の成分」日本うま味調味料協会
「氷温熟成」広島県商工会連合会
「冷え性」脂質と血栓の関係
「グルタミンとグルタミン酸」脂質と血栓の関係
まとめ
以上、類グループの類農園がある、高地野菜で有名な奈良県・宇陀では「なぜおいしい野菜が採れるのか?」という疑問から出発して、日本の局地気候と農業というテーマで、2回にわけて野菜のうまみと気候の関係を調べてきました。
そこからは、
★逆境が野菜の甘みや栄養素を増大させる
★「寒暖の差が大きい」という逆境下にある高地野菜では、甘みや栄養素が増す
★死ぬか生きるかの微妙なバランスの上で野菜のうまみは生成される
という自然の摂理が見えてきました。
自然は絶妙なバランスの上に成り立っていますから、野菜のおいしさが増すからといって、「逆境」に晒し続ければいいわけではなく、厳しい環境が続くとむしろ野菜は枯れてしまうわけで、まさに“両刃の剣”です。
だからこそ、自然相手の農業は「観察」が決定的に重要であり、日々環境と植物の呼応(やりとり)を暖かく見守っているお百姓さんたちの力には、敬意と感謝の念が湧いてきます。
そんなお百姓さんたちに感謝しつつ、体に良い、おいしい野菜をたくさん食べていきたいですね☆
ではまた☆☆☆
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