2011-09-06

自然現象のメカニズム解明への第一歩は“近代科学信仰”からの脱却

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画像はこちらこちらからお借りしました。
 
今年は3月11日に東日本大地震・大津波(→原発事故)が起こり、以降も7月末の新潟・福島豪雨(数十万人規模の避難勧告)、9月初旬の台風12号(9/6時点で死者・行方不明者106人…平成以降で最大被害)と大きな災害が発生しています。
 
これらの自然圧力の脅威を受けて、自然現象のメカニズム解明⇒対策案の確立への社会的な期待も高まっていると思われます。
 
そして、このメカニズム解明⇒対策案の確立という課題を突破するカギとして、科学分野での追究成果(理論・法則etc.)に期待がかかりますが、膨大な費用やエネルギーを投入しながら、なかなか成果に結びついていないという状況です。

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たとえば地震研究では、大陸プレートや海底プレートのズレが地震の原因(プレートテクトニクス理論による)というのが主流の説となっていますが、そのプレートのズレは起きてからでないと分からないということで、地震予測の技術は一向に確立されません。
それどころか、地震予測を不可能課題と決めつけて、課題や期待から目を背けようとする有様です。
【参考】
◇どうする!日本の地震予測2~予知しない「予知計画」に年間100億円の予算~
◇どうする!日本の地震予測5~強制的に国によって打ち切られたVAN法~
 
Tectonic_plate_boundaries.png
画像はこちらからお借りしました。
この問題に対しては、そもそもプレートテクトニクス理論が、原因と結果を取り違えている(プレートのズレが原因で地震が起こるのではなく、地震が起きてプレートがずれる)からであり、前提理論を見直す必要性が指摘されています。
 
【参考】
◇東北地方太平洋沖地震の発生メカニズム(その9) -プレートテクトニクス理論はもっともらしいウソ <心安らかなる日々>
 
もちろん、自然現象の仕組みを解明するのは難課題ではあり、捉え違いをすることもあると思いますが、間違いに気づいたら軌道修正すればいいだけのことです。
しかし、ほとんどの学者は、現実と整合していない(=成果が出ていない)のに、前提としている条件や理論を見直そうとしない、あるいは見直そうという発想自体が出てこないという状態です。
 
さらには前提を絶対と思い込んでいるが故に、都合の悪い現象やデータを捨象して、都合の良く当てはまる現象やデータだけを集めて、現実と乖離した理論の正当化に努めることさえあるようです。

~前略~
一方、地震学者は地質学者とはアプローチを異にします。先に地震の原因をモデル化し、現在の地質状況に見合ったモデルの適否を研究する、というのが一般的です。つまり、理論を先行させます。そのため、中には理論に合わない不都合な地質データについては、その存在を無視し、理論に合うデータだけでモデルづくりをする地震学者も見受けられます。
~後略~
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◇地震の癖(著:角田史雄、出版:講談社)p.18より

この問題は、地震研究の分野に限ったことではありません。
解決すべき現実課題を置き去りにしたり、“思い込みの正当化”が最優先課題となってしまうのはなぜでしょうか?
 
この問題を考える上で、非常に重要なポイントが提示されている記事があったので紹介します。

~前略~
コペルニクス、ガリレオ、ケプラー、ニュートン、デカルト、パスカル、ライプニッツ・・・
近代科学の発展に寄与した人たちとして、教科書にも出てくる名前が並びますが、彼らを追究に向かわせたのは、“神が創りしたもう合理的世界の証明”だったのです。
そして、この根拠なき前提を疑うことなく追究に向かう姿勢が、近代科学の構造的欠陥の元凶となっているのです。

近代科学の祖たちの探求原動力は、キリスト教的妄想であったという事実。しかも、お互いを「不信心者」として非難し合うに至ってはイデオロギー対立そのものである。これが近代科学の祖と呼ばれる、デカルト・ニューロンらの実相だったのだ。
この事実を知れば、誰もがそこに倒錯性(or邪さ)を感じるはずだ。
「神が創造した合理的な秩序があるはず」という不動の妄想を出発点として、それを証明するために自然を観察する。このスタンスは、現実の自然を直視してその背後にある自然の摂理に同化しようとする姿勢とは追求ベクトルが180度異なる。
要するに、妄想発の結論ありきで、それに都合の良い自然現象を探すというのが近代自然科学の認識論的原点なのではないか。
しかも、そのことは現代に至るまでの近代科学全体を貫く支配的パラダイムである疑いが濃厚である。というのは、都合のよい結論を導くために都合の良い実験データを収集する。この現代の科学者に見られる態度は、近代科学の祖たちの思考スタンス(神という妄想の証明のために頭を使う)と本質的には同じだからである。
現実とは切り離された妄想の正当化。そういうベクトルが近代科学には刻印されているのではないだろうか。
◇◇キリスト教的妄想から生まれた近代科学2 <るいネット>

事実に基づかない妄想や願望を説明(正当化)することを目的としているのであれば、都合のよい事象にのみ着目し、都合の悪い現象は捨象or否定することになるのは必然です。
 
この構造は3月に起きた原発事故で、妄想であることが露呈した原発の「安全神話」にも当てはまります。
結局“神”が“近代科学”に代わっただけで、現実の中に立脚点を持っていない点は、現代に至っても、何ら改善されていないのです。
~後略~
◇原発問題から見える特権階級・近代科学の問題性13 ~近代科学の源流はキリスト教(=現実否定)にある~  <日本を守るのに右も左もない>

実は近代科学の出発点は、“(現実に存在しない)神が創りしたもう合理的世界の証明”であったのです。
この現実に背を向けた思考回路が、現象事実の構造解明よりも、頭の中で組み立てた理論の正当化を優先させているのでしょう。
これでは、現実課題の解決策を提示できないのは当然です。
 
 
現在の外圧状況においては、自然現象のメカニズム解明(⇒自然の摂理への同化)は、臨戦課題です。
この課題に本気で取り組むために最初になすべき事は、“近代科学信仰”からの脱却でしょう。
 
現実否定の思考回路を取り払い、今まで捨象されていた現象事実に向き合うことで、新たな可能性が見えてくるのではないでしょうか。
 
たとえば、地震の前には動物の行動や、天候(雲の様子etc.)が普段と異なったりするということが古くから言い伝えられています。
これらは“科学的ではない”と研究の対象から除外されていたことが多いですが、「現在の科学では関係を解明できていない」というだけです。
動物たちが何を感じ取っているのか、天候の変化が何によって起こっているのか、それらを追求していくことが地震のメカニズムの解明⇒予測の入口かもしれません。
 
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画像はこちらからお借りしました。
 
近代科学は現実否定のパラダイムの産物であることを認識し、先人達が直視してきた現象事実から関係構造を解明していくことが、皆の期待に応える新しい科学の出発点となり、この外圧状況を乗り越える可能性であるように思います。
 
 
最後まで読んでくれてありがとうございます。
応援よろしくお願いします。
 

List    投稿者 aironGst | 2011-09-06 | Posted in D.地球のメカニズム1 Comment » 

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コメント1件

 Allessjex | 2013.08.17 20:47

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