2009-06-06

地球環境の主役 植物の世界を理解する⑰ 農耕部族が見出した一年草の可能性

みなさん、こんにちわ
 
前回に引き続き今回も、『草』について注目したいとおもいます 😮 。
今回はその中でも特に、『草=食料』と農耕の歴史について迫ってみました
 
 
EgyptAgricultureWheat1.jpg
上の『小麦の収穫期(エジプト)』画像はここからお借りしました 。  
 
ちなみに『草=食料』と言われて、ピンとこない人がいるかもしれませんが、この草の進化(農耕=品種改良)の歴史内で、世界の人々が主食にしている稲やトウモロコシが生まれてきたのです
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草と農耕の関わりを押さえていくために、農耕の生まれた『西アジア』の歴史から見ていきましょう。
まずは、農耕が生まれる最大の外圧となった気候変動を押さえることが鍵となります。
農耕・牧畜・遊牧などの生産様式を獲得するまでに至る気候変動 には、
①乾燥化    (前16,000年~前14,000年) 大型動物の狩猟がメイン
②急激な温暖化(前12,700年) 小動物の狩猟と堅果類の採取がメイン
③急激な寒冷化(前11,000年) 堅果類(木の実)に変わるたべものどうする?
④急激な温暖化(前 9,000年)
⑤急激な乾燥化(前 6,200年) 本格的な農耕のスタート

が、ありました。
これらの気候変動を乗り切る中で、栽培→農耕や、牧畜、遊牧などの生産様式が確立されていったのです。
 
 
①乾燥化(前16000年~前14000年) 大型動物の狩猟がメイン
森林が縮小し、ステップやサバンナが拡大していきました。
(ナイル川、サハラ砂漠の南限が北緯10度前後(現在は北緯15度前後)、熱帯雨林の北限は北緯2度前後(現在は北緯5度前後)にまで縮小。)
この時期は、ステップやサバンナの哺乳類の狩猟がメイン。
 
 
②急激な温暖化(前12,700年)  小動物の狩猟と堅果類の採取がメイン
急激な温暖化に伴い、森林が拡大(草原が縮小)していきました。
これに伴いステップやサバンナに生息していた大型哺乳類のほとんどが絶滅 してしまいます。
大型動物が減少し、動物を狩猟し食料を確保する事が困難になる中で、森の恵み(堅果類=木の実)を利用するようになります。
西アジアでは、ピスタチオの実を主食にしていました。
但し、狩猟を全くしなくなった訳ではありません。
この時期前後から大型動物から小型動物を狩猟するようになるのです。
なお、この時期以前は槍を使って狩りをしてきましたが、この時期から弓矢が発明 されるです。
 
 
③急激な寒冷化(前11,000年) 堅果類(木の実)に変わるたべものどうする?
この時期の気候の寒冷化・乾燥化により、森林が縮小(草原が拡大)し、木の実の採取量が減少し始めます。そのため、木の実に頼らず、草の実の採取にむかわなければならなかったと想像されます。
草原に生えていた多野生植物の栽培が、「肥沃な三日月地帯」で始まります。
(木の実の採集と、野生植物の栽培が並行で行われます。)
彼らは、草原に自生する野生種の中でも、毎年少しづつ実をたくさんつける種を選別していきました。
いいかえるならば、たくさん実をつける種の遺伝子変異性を発見し、生産性を高めていったのです。
 
草の実の採取から、選別を通した栽培、いつの時期に栽培するかという視点を取り入れたことで、初期の農耕は設立していきました。
その結果、数千年をかけて、現代の小麦などの栽培品種が出来上がっていったのです。
wheatIS279805_op_533x800.jpg
上の『小麦』画像はここからお借りしました 。  
特に今回のテーマである、『一年草の可能性』とは、まさに上記の成長性の高さなのです。 😮
毎年、新たに芽を出すために、短いスパンでで実・種に栄養(でんぷん質、たんぱく質)を設ける一年草の可能性にかけることで、人類はこの外圧に立ち向かいました。
(ちなみに堅果類では、実際に実を収穫できるようになるまで何年もかかってしまいます。)
 
   
なお、草の種類(草木)は、大きく『単子葉類』と『双子葉類』に分けることができます。
植物的の歴史の中で、単子葉類の繁殖のプロセスは、最初に土地に根付き、短い期間で世代を繰り返します。そして次の段階で木本の植物、つまり双子葉類が、繁殖して林や森を形成していきます。
人類が農業に可能性を求める中で、食物に適した植物が、環境適応・世代交代が早く、言い換えれば、繁殖能力の高い草本である単子葉類だったのです
 
このことは、主食に単子葉類が多いこととも一致するのです。
(トウモロコシ、イネ、ムギ、サトイモなどなど)

 
 
④急激な温暖化(前9,000年)
温暖化と降雨量の増大により、植物を栽培できる地域が一気に広がり、「肥沃な三日月地帯」一体に、栽培→農耕が広まっていきました。
 
 
⑤急激な乾燥化(前6200年) 本格的な農耕のスタート
乾燥化により、畑の作物などが枯れていきますが、耕作や牧畜に適した土地を慎重に選び、生きていく事を学んでいきます。
その中で、彼らは長期におよぶ日照りや不作にも臨機応変に対応できるようになったのです。
そしてこの乾燥化を通じて、初期の農耕生活への順応が確固たるものとなっていきました
 
 
寒冷化による採集食料、狩猟食料の不足という決定的な圧力に晒されたが故に、人類は、『一年草=単子葉』の持つ成長可能性 に気付くことができ、本格的に農に可能性収束していきました。
そして、この後の温暖化により、農耕が広大な地域に広がっていったのです。

List    投稿者 egisi | 2009-06-06 | Posted in D.地球のメカニズム2 Comments » 

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コメント2件

 ふぇりちゃん | 2010.01.07 0:23

「マスコミと呼ばれる人たちは、マスコミを目指しているときにマスコミに対しどのようなイメージを持ち、どんな姿になりたいと思っていたんだろう?」と、ふと思いました。
自分たちが私権圧力に支配され、事実を伝えず国民を騙したり、日本をめちゃくちゃにする・・・なんてこと、考えてなかっただろうな~
「もっと日本を良くしていきたい」と志していた方たちもいただろうに、実際には・・・
う~~ん、なんかスッキリしないです。。

 kasahara | 2010.01.08 0:31

ふぇりちゃん、コメントありがとうございます!
そうですね。もっと日本を良くしていきたいとマスコミ界に入った人も多いと思います。しかし、現実はマスコミ組織の体制に絡め取られて疲弊するか、事実を捨象するかの選択を迫られたのだと思います。
実際、路上でもマスコミ関係者から、現状のマスコミにたいする閉塞感の声も耳にします。それはそもそも「マスコミは皆の為に事実を伝える」という認識自体が、実はマスコミ(金貸し)の刷り込みであったということに他なりません。
しかし現在、私権圧力の衰弱・序列の崩壊とネットインフラの充実から、もっと日本を良くしよう!という志があれば、マスコミに寄らずとも誰しもが事実を追求し、社会に発信し、共認を形成することが可能になりました。
志があれば、普通の人が普通に生活しながらマスコミに変わる共認が形成できる可能性が開かれているのです。そういった状況から、マスコミ関係者の中からも志の高い人は脱マスコミ⇒事実の発信へと個人単位では行動しはじめているのだと思われます☆

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