2009-09-27

日本人の身体技法  Part 5 ~日本人の服装~

日本人の身体技法を考える上で、Part4~丹田とは何か~に引き続いて、長い歴史と共に身体技法と密接に関係している「日本人の服装」について調べてました。
日本人の服装は明治時代に西洋から洋服が入ってくるまで、歴史の大半をキモノが占めています
ちなみに現在の着物の原型は平安時代の小振りな袖で対丈(ついたけ、着るとちょうどの丈の意)の衣服「小袖」がはじまりといわれています。
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和裁士がつくるサイト>さんから拝借しました
キモノを着て帯を締めたとき、1本体の芯が通った感覚が生まれる経験は誰にもあるのではないでしょうか。
これらの感覚と長い年月を通してキモノが活用されてきた背景には、日本人の身体技法に適したものであった筈ですし、その中味は何だったのか?を押さえてみたいとおもいます。
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■1.服装の歴史の大半はキモノであり、実は優れものだった
         
服装史の長い歴史が示すとおり、日本のキモノとはデザインの自由度だけでなく、佇まいの表れや戦乱の世での機能性など、様々な側面をもつ優れものだったのです。
                    
<美しい日本の身体 :矢田部英正著>より引用

●和服の佇まい アルマーニのキモノ礼讃
                
衣服を構成する要素というのは、「素材」「形」「色柄」が基本にあるのだが、とりわけキモノの「形」に関しては、室町時代の小袖のスタイルが確立して以降、六百年にわたってほとんど手をつけられることなく、「帯結び」や「着付け」にかんする様々なバリエーションが展開されてきた。
(中略)
キモノは平面的な一つ原形を基本としながらも、着る人が工夫を凝らすための自由が広く、その結果として、服の印象よりもむしろ「着る人自身」が無言のうちにも滲み出てくるような特色がある。歴史の中で熟成されたそのシンプルなスタイルはもはや変更の効かないところまで完成されたものであることをアルマーニは言い、その単純な様式の力強さをリキエルは指摘したのだと思う。
            
●キモノはいつ頃からこの形になったのか
                  
キモノの形は、もともとは平安貴族が下着に用いていたもので、袖口が小さな筒袖であったことから小袖と呼ばれていた。鎌倉時代になると武士がこれを真似して装束の下に小袖を着たり、あるいは表着としても用いられる。さらに庶民もこれを真似して、表着として小袖は普及していくようになる。
つまり公家にとっては下着、武士にとっては内着・表着、庶民にとっては表着の小袖こそ、日本のキモノの原型であるというのが日本服装史の有力な見方となっている。
小袖の普及は武家の台頭と同調して進み、その様式が確立したのは室町時代のこととされる。戦乱の社会を背景に、簡便で動きやすい小袖のスタイルは、上級武士から一般庶民の表着として定着し、それ以降、貴族的な装束に逆戻りをすることはなかった。

               
■2.キモノの身体感覚
               
では、キモノの身体感覚とは如何なものだったのでしょう。
庶民や武士にまで普及していたことを考えると、当然機能面での利点があったことが想像できます。
特に腰回りに巻きつけた帯が骨盤を締め付けた状態での肉体労働は腰への負担を大幅に軽減していたようなのです。
      
<美しい日本の身体 :矢田部英正著>より引用

●キモノの身体感覚
              
武芸を生業とする武士たちが贅沢な重ね着(平安時代の十二単など)よりも活動的な小袖を好んだのは、やはり武士としての体育会的生活の必然からに違いない。あるいは貧しい庶民にとっては経済的な理由からも重ね着などはできるはずもなく、やはり簡素で動きやすい小袖のスタイルが普及していくことになる。
腰回りの幾重にも帯を巻きつけるスタイルが鎌倉以降千年も続いてきたのは、古来稲作に依って生きてきたこの国の自然環境と深く関わっていると考えられる。キモノに帯を締めた時の身体感覚は、洋服にベルトとは比較にならないほど腰回りが安定する様である。帯や袴で骨盤を締めた状態であることで、肉体労働をしたときの腰への負担が大幅に軽減されるのである。
農作業から炊事、洗濯、風呂焚きに至るまで、何事をするにも今より遥かに労力を要した時代、日本人の生活は安定した足腰を持っていなければ生きてゆけない必然があって、その身体を支えるために、幾重にも腰に帯をまわすスタイルが存続してきたのではないだろうか。

             
■3.キモノの身体技法と佇まい
                          
こうしてキモノを日常着用する中において、日本人は自然と安定した腰をつくり、また身体を整えるトレーニングになり、体の中心に1本の芯が通った自然体を保てていたようなのです。
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引き続き<美しい日本の身体 :矢田部英正著>より引用

●キモノの身体技法
             
腰が腹屈し、へたった状態になると、帯は骨盤からウエストにずり上がってきて、たちまちキモノは着崩れてしまう。実際にキモノが乱れないように自分の身を扱うことは、同時に安定した腰をつくることにもなっていたのだった。慣れない間はなんだか面倒な気もするが、いったん身につけてしまえばこれほど楽なものもなく、よくよく考えると生活の全体が身体を整えるためのゆるやかなトレーニングにもなっていたのである。
キモノ上半身を拘束する肩パッドもなく、後ろ身頃の背縫いに沿って、からだの中心に1本の芯が通り、布の目方はすべて胴体から腰へと落ち着いてゆき、自然体を保てる仕組みが出来上がる。下駄の足音を快く響かせるのも、膝と足首を柔らかく加減する足運びの工夫が肝要で、これも鼻緒の足元から上手く運べば全体重を腰で受け止める感覚が生まれる。とにもかくにも和装の「要」は文字通り「腰」が担っている。
               
●佇まいの美学
                
腰腹まわりに重厚な重ね着をするキモノのスタイルは、男性女性ともに共通のものである。
こうした服飾様式上の制約から、かつて日本人の身体の美意識にはウエストを細く見せたり、バストやヒップの起伏を強調しようとする感覚そのものが存在しなかったことがわかる。
(中略)
キモノの美感というのは肉体の起伏を覆い隠しても失われない「しぐさ」や「姿」の洗練にあって、これを私は「たたずまいの美」と呼ぶ。
(中略)
人に対しても自然に対しても、あるいは人の手による物に対しても心を通わせ、その存在を風のようにとらえる日本人の感性は、身体美の拠り所についても肉体の均整を言わずに、命を動かすその内奥へと向けられている。
(中略)
隠し襲ねることは見せることと表裏の関係にあって、美の内奥が深く貴いほどに、日本人の身体は厚い襲ね着によって包み慎まれ、からだの自然に所与としてある聖なる「たたずまい」が保たれてきたのである。

日本人はキモノを長年活用することによって「腰を入れる」という言葉にあるように、上半身は脱力していて下半身に重心を置く(上虚下実)、そんな骨盤操作の技術を近代以前の日本文化で共有し、日本人の身体技法の要としていたようです。
また和装における一連の様式性は「腰入れ」の技法へと集約されていき、その中で身体技法に適しただけでなく、日本人特有の自然に所与としてある「たたずまい」も併せて持ちえるようになったのです。

List    投稿者 kaz-tana | 2009-09-27 | Posted in M01.身体の自然環境8 Comments » 

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コメント8件

 のん | 2010.05.21 21:56

結局、現段階では原子力発電をやめない限り、(たとえ地中深く埋められたとしても)危険に変わりのないごみがたまっていく一方ということなのですね!

 とりうむみならい | 2010.05.22 12:57

トリウムの場合は、たしか放射性廃棄物は少なくなるという話しがあったと思いますが、結局それも埋めるしかないのでしょうか。
とすれば、バックエンド問題はトリウムでも解決できていないということでしょうか。

 daruma | 2010.05.22 14:08

 化学的な分解などは、人智を超えても、微生物などが思わぬ効果を発揮してくれる場合もあります。
 しかし、この放射性廃棄物については生物化学的処理はまったく期待できませんし、時間のオーダーは人類種の生存スパンを超えているのかもしれませんね。
 半永久的な管理ということ事態が無謀なことだと思います。

 イちご | 2010.06.03 10:15

なんか、難しいけど、「そんな風になってるんだ~!!」と興味がわきました!
読んでいて知識ないせいか「?マーク」がいっぱい!!
「放射性廃液ってガラスに溶けるの??」
「低レベル放射性廃棄物ってホントに低レベル??」
「30~50年って一時保存っていうの?」
などなど、だましにも思える巧みな操作がありそうですね。。。
これからも楽しみにしています♪

 tutinori | 2010.06.04 19:41

のんさん
コメントありがとうございます
>結局、現段階では原子力発電をやめない限り、(たとえ地中深く埋められたとしても)危険に変わりのないごみがたまっていく一方ということなのですね!
まさにその通りのようです。
埋められようが、放射線は出続けるので、その影響がどこまで地上に及ぼすのかは結局わかっていないのがホントのところのですね。
しかも、消滅処理も技術的には困難で、半減期が短いものから、崩壊した後に結局半減期が長いものに変わってしまうのだそうです><;

 tutinori | 2010.06.04 19:52

とりうむみならいさん
コメントありがとうございます
>トリウムの場合は、たしか放射性廃棄物は少なくなるという話しがあったと思いますが、結局それも埋めるしかないのでしょうか。
厳密に言うと、「トリウム溶融塩炉」の場合のことですね。非放射性物まで使い続けることが”原理的には”可能のようなのですが、実験では放射性物質(プルトニウム以外の)は生成されているわけですから、結局はその低レベルなり、高レベルの廃棄物は埋めることしかないのでしょう。

 tutinori | 2010.06.04 20:25

darumaさん
コメントありがとうございます
>半永久的な管理ということ事態が無謀なことだと思います
その通りですね。
さらっと、30~50年一時保管とかですね、管理体制も未明なままなんですよね。
今週末あるいは来週のあたまには再処理の海外委託の話が投稿される予定ですが、70~80年代に委託されて再処理された核廃棄物たちが今年になってどんどん還ってきてたりですね。。。
本当に時間のオーダーがおかしいんですよね。

 tutinori | 2010.06.04 20:31

イちごさん
コメントありがとうございます
>「放射性廃液ってガラスに溶けるの??」
「低レベル放射性廃棄物ってホントに低レベル??」
「30~50年って一時保存っていうの?」
などなど、だましにも思える巧みな操作がありそうですね。。。
全くその通りだと思います。
私達のような素人にとって、こういった領域は”難しい”と避けてしまいがちですが、むしろこういったまっとうな判断や疑問を持てるが素人の強みなのだと思ってます。
今後も追求していきますので宜しくです。

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