2009-04-18

日本人は何を食べてきたのか 第二部 part1 主食とは何か

 みなさんこんにちわ。
 シリーズ第一部で、日本人の食の歴史をたどっていくなかで、私たちはいくつかの疑問をいだきました。第二部ではこれらの疑問について、ひとつずつ答えを探していきたいと思います。
 その最初は、「主食とはなにか?」です。
20090122220706.jpg
   塩さば定食 飯山満通信様より借用しました。
 「ごはんとおかずをバランスよく食べよう。」
誰もが子供の頃から聞いて育った言葉ですね。
主食として米のごはんを食べ、味噌汁があり、副食としておかずがある、食事とはそれらがセットになったものだと、日本人の大半はごく当たり前に考えています。
 その延長から、私たちは次のような素朴な疑問を持ちます。
「日本人の主食は米だけど、世界の国々の人達の、主食はいったいなんだろう。」実は、この疑問の答えは意外とむずかしいようです。
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まず、主食であることの条件はなんでしょうか。
最初は農林水産省に登場いただきます。 
『主食とは、人々が日常的にもっとも多く利用する食べ物のことで、一般には、穀物とイモ類(サツマイモ、ジャガイモ、キャッサバ)が代表的です。また、主食となる作物になるためには、
1.豊産性(ほかの作物より、たくさんとれること)
2.安定性(ほかの作物に比べて、毎年安定してとれること)
の2つの条件が必要です。』
   農林水産省 北陸農政局のページより。
では世界各国で、この条件を満たす食物はどんなものでしょうか。
次の図をご覧ください。 
 
                                                                                            
sekaitizu.gif
上の地図は昭和57年の世界の国々の主食を表しています
(資料:石毛直道「食の文化シンポジウム’82 地球時代の食文化」)
 
   
以上北陸農政局HPより転載させていただきました。

麦・米・とうもろこしが3大穀物、中でも米は世界人口の半分が食べています。
穀物という限定をはずすとイモ(サツマイモ、タロイモ、キャッサバなど)が続きます。
この図に示す穀物は、確かにその国で一番多く安定して獲れる作物です。
しかし、それがそのまま主食といえるのでしょうか。
外国で暮らす日本の方達がよく言われることは、たとえば以下のようなことです。

日本の常識は世界の非常識 (13):「おかず社会と主食社会」  
-日本食では主食と「おかず」という表現が対になっているのに対し、西洋料理では主に肉が主食であり、それに供えられる形で野菜とか人参、ジャガイモ、ライスなどが付けられる。日本食では主食はご飯と味噌汁であり、主食は常に同一のものであり、誰もが同じものを均一に食べる。西洋料理では主食にいろいろな種類があり、その選択数は限りなくある。つまり主食は日本食の場合とは異なり、選ぶものになる。この違いが人々のものの考え方にも大きな影響を及ぼしている。 
(2001/9/11) 在スイス・バーゼル日本人会会長:鈴木伸二

   『日本・世界の再生』もうひとつの視点様より引用させていただきました。http://world-reader.ne.jp/renasci/another/s-suzuki-010911.html
要するに、「主食はあくまで肉である」ということです。
麦は安定的にたくさん採れる穀物ですが、主食ではないのです。
この趣旨の記述は今回調べるに当たって、あちこちのサイトで見受けました。
そうすると、どうやら次の図のほうが実態に近いといえるでしょう。
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   図はNPO法人地域に根ざした食・農の再生フォーラム「カルチャー食ーing」様からお借りしました。
麦を食べる民族には「主食」にあたる言葉がないのです。
これに対して日本など米を食べる民族は皆「主食」という言葉をもっているのですね。
これはタイだけでなく、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーなども同様のようです。
では、何故、米を食べる民族は、「主食」をもてたのでしょうか。
引き続き、カルチャー食-ingから。
パン食は、肉・乳とセットで成り立っています。
 パンを食べる地域の食生活は、牧畜とセットになっていて、パンと乳製品と肉が組み合わされて日常の献立となっています。
一日2kgのパンは食べられない。
成人がコムギのパンだけで必要な蛋白質をとろうとすると、一日に2kg以上を食べなくてはならなりません。わたしたちの胃袋にはとうていおさまらない量です。だから、パンを食べる地帯では、乳製品や肉から蛋白質をとる食生活になり、「主食」という考え方は発達しなかったのです。

お米なら一日700gで何とか生きていける。

 昔、武士のサラリーは「一人扶持」という単位で計られていました。「一人扶持」は、一人に一日米五合を配給します。 一日に米五合(700g強)というのは、それにちょっとしたおかず、味噌汁とか豆腐のようなものがあれば何とか人体を維持できる量なのです。 米は作りやすく収穫が安定しています。しかも栄養バランスがよくておいしい。そんな米があるからこそ、私たちは「主食」を持てたのです。

歴史上、米からコムギに転換した民族は存在しない。

 「コメがコムギよりうまいということはコムギの中心地帯でも今ではわかっている。(中略)人間の歴史をみて、コメからコムギに転換した民族は存在しないのに、コムギ食民族はどんどん米食をとり入れてゆく現状である(『栽培植物と農耕の起源』中尾佐助著 岩波書店)」
もうおわかりですね。最初の疑問の答え。それは、
「世界の民族が全て『主食』を持てたのではなく、主食と呼べるほど優れた穀物である『米』を得ることが出来た民族だけが、『主食』を持つことが出来た」
のです。
そして、現代の私たち日本人の食事が、肉食中心に変わりつつあるとすれば、それは次のようなことではないでしょうか。

世界のどの民族も、どの人種も、自分たちが住んでいる土地で、もっとも豊富に生産され、しかもそこでもっともよくバランスのとれた食物を、一番多く食べています。その食物が主食です。
そして、その土地に住む人々の生理は、その人々が先祖代々、もっとも多く食べ続けてきた食物である「主食」が、非常に効率よく「血となり肉となる」ようにできあがっています。つまり「食物に対する適応」ができあがっているわけです。
ですから、この主食を中心にした食生活は、しごく当然な食生活のスタイルであり、また望ましいものなのです。
ところが、現代栄養学によって、主食中心の食生活にたいして、大変筋違いの横やりがはいって、日本人の食生活全体がおかしくなってしまいました。
西洋文明が入ってきた当時の日本の状況と日本人の国民性によって、西洋文明の洗礼を受けた途端、西洋文明全てが至上のものだと、はやとちりしてしまったのです。そんなわけで「先進国では、主食・副食といった観念がほとんどなく、肉と野菜をたっぷりとって、そこに少量のパンを添えて食べるだけだ。」とか、「穀物の摂取量が多い国ほど後進国だ」などという意見が盛んに出てきて、日本人は肉食偏重へと傾いていったのです。
現在でもその考えは日本だけでなく世界中に広がっているようで、特に自由経済の形態を取り始め、先進国の資本・技術導入により急速に経済発展している中国や、東南アジアでは、肉の消費が大幅に伸びており、そのため家畜に与える資料が不足してきたため、アメリカからその不足分の補充のために家畜の飼料のための穀物が大量に輸入されるようになっています。
しかし、主食中心食が低級な食形態などということは決してありません。食形態がよいか悪いかは、それによって生きている人間の健康状態がよいか悪いかによってきまってくるのです。体位の向上は必ずしも、健康状態の向上にはつながらないし、むしろ逆の結果を引き起こしていることのほうが多いといえます。
人類は大別すると、牧畜民族と農耕民族との二つになりますが、摂取量に差があっても、このどちらの民族においても、穀物は特別な位置を与えられており、自分の生命にとっての穀物の重要さを、どちらの民族も本能的に知っているようです。
肉類をたくさんとる民族は、主食にすることができるほど十分な穀物が手に入らない環境に生活していたために、しかたなしに、いわば、「苦′肉′の策」として、そういう食生活形態を選んだと考えられます。

今、欧米では、肉食過多のため、ガンをはじめ、糖尿病・肥満症・血管心臓病・精神病など、さまざまな慢性病に悩まされています。
それらの慢性病は、穀物を中心とした食生活をすれば、確実に治ります。人間は、上質な穀物が十分手に入る環境に住んでいれば、肉食中心の生活をする必要はなく、するはずもありません。人間はそれほどおろかではないからです。

   「ようこそ健美苑へ」様より引用させていただきました。http://www.urban.ne.jp/home/kenbi/shu.htm

List    投稿者 kz2022 | 2009-04-18 | Posted in N01.「食への期待」その背後には?4 Comments » 

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コメント4件

 ☆tiger lily☆ | 2009.12.05 1:24

なるほど~☆
>同化という機能を中心軸として、相手の期待や周りの期待に応える。
>そして、それが自分の喜びという周りと一体になる充足=共認充足 があるのです。
これ、すごいっ!!
充足する=元気でいるには、相手のことを感じて、相手の気持ちをわかって、期待に答応えて喜んでもらうことをたくさんしていったらいいんですね☆
そういう機能を持っている人類ってすごい♪
共認充足、もっと知りたいです!

 さんぽ☆ | 2009.12.05 3:06

牡蠣の例、思わす「痛っい!」ってなっちゃいました(笑)
>
そして・・・・その先に、
「大丈夫 ?」
「手伝おうか ?」
「代わりににやるよ 」
と、相手の痛み以上の想いに同化し、いたわることができるようになります。そして、互いに共認充足できます。
なるほど~。
この事例、すっごく分かりやすいです。
同化ってその先にある相手の想いにまで、想いを馳せることなんですね!
だから充足するのですね!

 ふぇりちゃん | 2009.12.07 13:38

牡蠣の話、実話ですか??
刺したところで「え~~っ・・・」となり、表情がゆがみました。
大丈夫??
互いに同化することで、期待⇔応合していき、共認充足を深め広げていく。
最近とくに感じています。
確実に、私の周りでも広がっています。
これからも広げていきたい♪

 ペッパーちゃん | 2009.12.08 22:40

そっかぁ。
“共認充足が大事”ってよく言われるけど、こんな赤ちゃんの時から、共認の根本である、同化によって充足するということは繰り返されているんですね♪
同化って、自分と相手がイコールになること。
うまくいえないけど、このイコールになる状態で、人間にとっては最高の充足のように思います。(性の充足もそうだし☆)

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