2015-02-26

抹殺された治療法(06)ライフ博士と同じ道を進む、松浦博士の電子照射

ライフ博士やネサン博士の海外での治療法を見てきましたが、社会的に抹殺された治療法は海外のものばかりではありません。
日本にも彼らと同じように画期的な研究成果を挙げ、社会的に抹殺された治療法がありました。
その治療法を発見したのが、かつて獣医として大活躍していた松浦優之医学博士です。

彼もライフ博士と同様に電子を照射することでウイルスやバクテリアを物理的に殺滅できることを発見したのです。

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ヒトゲノムに、「ジャンク」として以前片付けられたDNAの
ビットに存在する何百万もの遺伝子スイッチ

人体細胞は約60兆個の細胞で構成され、個々の細胞は独自の生命活動を営んでいます。
内臓・筋肉などに疾患がある場合、患部組織にはリンパ液や組織液などの電解水溶液が浸潤し、ほかの健康細胞組織より電子の伝導率が特に良くなります。松浦博士の開発した電子照射機の電子は伝導率のよりよい道を通過するので、結果的に、ウィルス・バクテリアを集中的に攻撃して、これを殺滅することになるというものです。

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3匹の子豚との日々=DIAS CON MIS TRES CERDITOS=の「松浦優之医学博士のAWG電子照射機」より引用します。

今から35年前の1971年、世界最大級のバイオ・テクノロジー会社シーメックス・カナダ社に留学していた松浦は、哺乳動物のクローン技術を学ぶ過程で「流産の原因にウイルスやバクテリアが介在している」ことに気づいて研究を進めた結果、それをエレクトロン(10 -12ミクロン電子)を用いて物理的に殺滅できることを突き止めた。

と同時に、知人たちからロイアル・レイモンド・ライフに関する話も聞き、ぜひライフの技術を再現してみたいと思うようになった。
というのも、松浦は仲の良かった弟を白血病で亡くしたばかりだったし、息子も中皮腫で苦しんできたために、獣医としての研究よりも人間の病気治療技術を開発する方が重要と考えたからだった。
白血病で亡くなった弟は、当時200倍という難関の千葉大学医学部に見事入学して医師を志したものの、結局その志を果たすことなく亡くなった。
その弟の遺志を引き継ぐためにも、レイモンド・ライフの遺業をぜひ完成させたいと決意したのである。

ライフの偉業とは、独自に開発した顕微鏡を使って生体や血液の中に微小な有機体を発見したことと、「細菌は体の状態に応じて無害なものから致死性の病原菌に変化する。そしてその病原菌は特定の周波数の光で即座に殺すことができる」という画期的な発見だった。
しかもライフはその効果をガン、結核、腸チフス、ハンセン病、口蹄病などで確認していた。

ちなみに1934年には16人のガン患者を100%完治させ、その成果が『ネーチャー』に掲載されたりもした。
それらの資料により、ライフが60ヘルツの周波数を使ってガン細胞を殺滅する成果を上げたことは分かったものの、その程度の情報だけではどうしようもない。
そこで松浦は、レイモンド・ライフの試みを、独自に最初からやってみようと思い立ったのである。

幸いにも松浦には海外に頼もしい研究仲間たちがいたし、獣医だったから顕微鏡などの研究設備もそろっており、たやすく家畜の精子を手に入れることもできた。
そこで松浦らは、顕微鏡で精子を覗きながら丹念に1~10000ヘルツの周波数をかけていくという、実に根気の要る実験を繰り返し続けた。

その結果、精子などの生命体にどの周波数が有用であり、どの周波数が有害であるかが判明してきたため、さらに結核菌や大腸菌などを使って周波数と生命活動の関係を研究し続けた。
そしてなんと25年にもわたる実験研究の果てに、10,000種の周波数の中から69種類の、生命体に有用で画期的な周波数を特定することができたのであった。

精子や大腸菌などによる実験研究が終わったあと、松浦は続いて動物実験に着手した。
しかしそれだけではまだ完成とは言えず、どうしても人間に対する効果を確かめなければならなかった。
そこで自分自身で試したのはいうまでもなく、その技術に感心を持つ周辺の人々にも参加してもらおうと、松浦は浜松で「健康クラブ」を結成して、約3000人の協力者にその「電子照射機=AWG(Arbitray Waveform Generator)」を使ってもらったのである。
awg
そんなある日、起き上がることも話すこともできず、意識も朦朧状態の「余命1週間」と宣告されたガン患者がやってきた。
ところがその人が1週間後にはなんと立上がって歩き出し、まもなく稼業である米屋の仕事に復帰して、重い米袋をかついで働きだした。
しかも「お陰で末期ガンが治った」と周囲の人々に言いふらしてしまったものだから、噂が噂を呼び、その翌日からはガン患者が次々と健康クラブに集まってきた。

敬虔なクリスチャンである松浦は、病気で苦しんで訪ねてくる人々に無料で電子照射機を提供していたから、健康クラブには日増しに訪問者が増え続け、一日に380名ものガン患者がやってくる日もあれば、外国から松浦を訪ねてやってくるガン患者まで出てくるようになった。

そんななか、患者の一人がそこにいたみんなに提案した。
「電子照射機を使えば電気代もかかるし、私たちをお世話してくれるパートさんに十数人も来てもらっているのだから、せめて実費に相当する3000円くらいはカンパしようじゃないか」と。

それ以来、部屋の一角に穴を開けたダンボール箱が置かれるようになり、それぞれが自発的にカンパするのに任せるようになった。
そして気がついたら、松浦が開発した電子照射機は、なんと5000人以上ものガン患者や難病患者たちを救っていたのである。

しかし、しばらくして問題が起こった。
電子照射機=AWGに自信を得た松浦は、厚生労働省に医療治療器の申請をし、世界138カ国に特許申請をしたそのあとで、医師法違反と薬事法違反の容疑をかけられてしまったのである。

1998年9月のある日、松浦の健康クラブに突然30人ほどの警官が押し入ってきて、松浦を夜遅くまで問い詰めたあげく、そこにあった300台近くの電子照射機と大量の実験データや資料などを10トントラック丸々2台分押収していった。
その内250台の電子照射機は、チェルノブイリ原発事故の影響で白血病に苦しんでいるカザフスタンの子供たちにプレゼントするために、松浦が少しずつ作り溜めて用意していたものだった。

また資料や機械類の押収に加えて松浦自身も連行され、2ヶ月近くの取り調べを受けた。
しかも押収された300台近くの電子照射機と大量の資料はいつのまにか焼却廃棄処分にされてしまい、再び松浦の元に戻ってくることはなかった。
かつてレイモンド・ライフに起こったことが、そのまま松浦にも起こったのである。

次回の抹殺された治療法(7)へと続く

List    投稿者 tutinori-g | 2015-02-26 | Posted in N.健康・医療・食品, N05.「がん」を考えるNo Comments » 

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