2010-12-22

豊かさ期待とは何か?5~新たな期待とは何か?

前稿で見たように、70年以降、どんどん私権意識は衰弱し、00年代に入り、特権階級を除き、私権観念も消滅し始めました。これから、大衆はどこへ行くのか?
豊かさ期待のような、社会全体が収束する目標を失いました。しかし、人々の意識はますます現実の社会とイコールとなっていきます。
その新しい意識は、環境を考える上でどう影響していくのか?
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画像は歴史大辞典 さん からお借りしました 
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9/23なんでや劇場 (4)~新たな期待=本源期待とは何か?

この「私権意識の衰弱構造」図解 http://www.rui.jp/docs/link/zukai_20100924_2.pdf  をよく見れば、’70年豊かさの実現の段階で、現代の構造の原型は揃っていることがわかる。
’70年~は私権収束力<共認収束力
そこから40年近く経った’08年~は私権収束力<本源収束力
よく似た構造が現れているが、共認収束力と本源収束力はどこが違うのか?
まず、’70年~の私権収束力<共認収束力とはどういうことか?
それまで私権収束力が強力な時代は、指揮系統=上からの命令は絶対であった。ところが、共認収束力の時代に代わると、上からの命令では人は動かなくなり、それよりも「みんな、どうする?」とみんなの共認を羅針盤にするようになってきた。
問題はみんな共認の中身で、それはマスコミによって支配されている。マスコミの垂れ流す旧観念(近代思想)や私権観念によって中身は染上げられままであった。つまり、羅針盤が上からの命令からみんな共認に代わったものの、その中身は旧態依然なままだったのである。
中身が新しい本源共認に転換するのに40年かかったということだが、その結節点を成したのは、’08年私権観念の消滅である。現在は、古い観念は消滅したが、それに代わる新しい観念が与えられていないので、潜在思念(本能・共認機能)でもって新しい可能性を探索している段階である。

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画像は 三ツ星ヌコミシュラヌ さん からお借りしました

このように新たな可能性⇒期待が芽生えつつあるが、それは未だ朧げである。それを図解では「本源期待」と仮表現しているが、その中身は一体何なのか?(これは、豊かさ期待に代わる新しい期待の中身は何か? 次の社会の意志は何か?つまり、社会はどこに向かおうとしているのか?という問題と同義である)
例えば、’99年頃の癒しブームは本源期待の先駆けであろうし、’09年~の節約志向も本源期待の一部であろう。また、農業・介護・企業の共同体化はその明らかな実現現象の一つであろう。人と人との繋がり欠乏や、あるいは小沢一郎の「共生」というスローガンも包摂されるかもしれない。
また、学生の大多数は特権階級を目指しているわけではない。「良い仕事」=社会の役に立つ仕事をしたいと思っている。ところが、その思いと現在の社会評価とはズレがあり、その中で学生は葛藤し混迷している。そこで、社会期待に応えられる、それを実現する場をどうやって作るかが課題となる。
その土台となるのが、与えられた場を充足する場にしたいという思いであり、それが活力の源泉となる。
その次に来るのが、勝てる場にしたい⇒勝てる方針を発信することである。
ここまでは、与えられた場の中でも可能だが、その延長線上に、従来の事業を超えて、新事業をつくるor新しく起業するということも考えられる。
このような充足期待を原点にした「集団をどうする?」「社会をどうする?」から生まれる場づくり期待が、豊かさ期待に変わる新たな社会期待になるのではないだろうか。

「豊かさ期待」に変わる「本源期待」とは、「集団をどうする?」「社会をどうする?」という期待です。
これは、私権観念の消滅により、邪魔だった重しが取り払われ、人間の本能レベルから立ち上がった想いです。人間は動物であり、哺乳類であり、ずっと集団の中で生きてきた生物です。自分の利益=私権を考えるより、集団を考えるほうが自然なのです。その延長に社会を考えることになります(現代は社会が成立しないと集団も成立しない)。そして、人間は自然と同化して生きてきました。生きるために環境を破壊しない方が本能的にも真っ当な訳です。
現代日本に見る、節約志向や農業回帰はこの本源期待の現われとも言えます。今まで、過剰消費を促していた私権意識や私有意識にとって替わるものと期待できるのです。
もはや、特権階級の暴走さえなければ、日本の(環境)問題も自ずと解決する、という基盤が出来初めているのです。(それだけ、特権階級の暴走が破壊的だとも言えます)
以上は、日本における状況ですが、世界はどうなってゆくのでしょう?次に地球規模で考えて見ます。

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