2009-10-24

シリーズ 環境問題の核心=「国家と市場」 を超える可能性を考える④

超国家・超市場論4:同類闘争の圧力と共認統合の限界
 環境問題の核心部である国家と市場について追求しているシリーズですが、今回は、これからの国家と市場(社会)をどうする?と考える前に、圧力状況、時代背景を始原人類やそれ以前のサル時代に遡って、そこから現在までを貫く普遍構造の把握を試みようというものです。
 なんでサルなん?と言う疑問も出てきそうですが、人類は、元はと言えば、木から落ちたカタワのサル。それが、今は、文明(国家、市場)というものを築いて、果ては、立派に(?)環境破壊までする存在になったわけですが、その底流には、サル時代から引き継いだ(進化を塗り重ねた)ものがあるのではないか?それが、現在を考えるヒントになるのではないかということです。
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では、
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=30280&pgh=3

超国家・超市場論4 同類闘争の圧力と共認統合の限界
四方勢至 ( 老年 京都 編集 )
霊長類の場合、樹上という第四世界を手に入れたために、外敵との闘争よりも同類との闘争の方が主要な課題となり、この新しい状況(外圧)に適応すべく(同類闘争に対応する本能など存在しないので、本能を超えた)共認機能を形成していった。(実現論1_4_00『サル時代の同類闘争と共認機能』を参照して下さい。)
最先端の同類闘争に適応すべく形成された共認機能、とりわけその最先端の評価共認は、全ての本能を自らの下に収束させた統合機能となり、同時に(全ての機能を収束させている訳だから)最大の活力源ともなる。
(注:詳しくは、最先端圧力たる同類闘争の圧力に適応する為の最先端機能である共認機能、およびその共認内容を最適のものに収束=統合させる評価共認という、二重に塗り重ねられた共認機能が、個体(の機能or意識)や集団(の成員)を収束=統合させる統合機能となっている。)
これが、霊長類の本質であり、我々が霊長類を共認動物と呼ぶ由縁である。

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写真は、Yの王宮 さんからお借りしました。

人類のそのまた祖先にあたるサル(霊長類)は、樹上という外敵から安全な場所を得たために、今度は、本能では対応できない同類闘争という局面に遭遇して、それに対応するために共認機能(みんなで課題や役割を認め合って行動する)を獲得し、更に、共認内容をより良いものにして行くために評価共認を形成したということですね。

しかし、重要なのは圧力源である。同類闘争の圧力は、他集団さえ居れば、必ず発生する。そして、猿類・人類は、この圧力を進化の源泉としてきた。従って、同類闘争の圧力こそ、人類の永遠の圧力源=活力源だと云えるだろう。
この点(同類闘争を圧力源にしているという点)は、次代の社会統合の仕組みを考える上で、決して忘れてはならない基礎条件である。
人類は、樹上機能(足の指で枝を掴むことが出来る)を失ったカタワのサルであり、再び外敵圧力をはじめとする圧倒的な自然圧力に晒されることになったが、その場合でも、本能上の武器を失った人類は、より一層、最先端機能たる共認機能にすがるしかなく、従って、共認機能⇒評価共認機能が人類の統合機能である点は、不変である。
従って、人類にとっては(おそらくは社会を統合する場合でも)、評価共認こそが、最も肉体化された最適・最善の統合機能であると云えるだろう。。

で、その共認機能を生み出す契機になった同類闘争圧力が、人類にとっても永遠の圧力源=活力源。
そして、その共認機能の最先端の評価共認がこれからの社会を考える上でも最重要ということ。
でも、待てよ。現在の社会では、身近な仲間同士ならともかく、社会全体として、共認、評価共認によって統合されてるとはとても言えないですよね。金や権力を持った人の意向で世の中が動かされているのが現実です。国家や市場は、その最たるものです。

しかし、共認機能は、互いに顔の見える範囲の個体と集団の統合機能であって、そのままでは集団を超えた数百万人もの社会空間を統合する事は出来ない。
事実、約一万年前、人口が増え同類闘争の緊張圧力が高まってきた時、人類は共認原理を集団外にも延長して贈り物(注:それは共生・取引適応の一種でもあるが、私権に基づく交換とは異なる)etcを通じて友好関係の維持に努めたが、約6千年前、外敵闘争の圧力が弱まって性闘争が顕在化し、規範破りの不倫駆け落ち集団によって掠奪闘争の火ぶたが切られた時、共認機能だけでは成す術もなく、本源集団はことごとく蹂躙されていった。(実現論2_1_00『人類の同類闘争=性闘争から掠奪闘争へ』を参照して下さい。)
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つまり、顔の見える範囲では機能する共認機能でも集団を超えた社会空間の統合では、上手く機能せず、集団間の緊張圧力が高まって、外敵闘争圧力が弱まると、掠奪闘争が始まってしまいました。
 それ以後は、歴史の教科書にも書かれているように、血で血を洗う争い、戦争の歴史を辿って来たのは、周知の事実。そうなれば、力によって統合するしかなくなり、力によって統合された巨大集団が国家であり、さらに、それに寄り添うように拡大してきたのが市場ではないでしょうか。
 そうなってしまうと、力の争いに勝つことや、市場競争で勝つことが第一になり、「環境問題」に代表されるような、全人類的課題に、真っ直ぐと向かうことは、不可能になります。
 原爆投下やベトナム戦争での枯葉剤散布の例を上げるまでも無く、戦争そのものが環境破壊行為とも言えます。
 その意味では、人類は、この6千年間、それ程、進化しているとは言えないかも知れません。
しかし、最近の日本や国際関係での動きを見ていると、その限界に気付いて、あるいは、力で統合できなくなって、評価共認で統合しようとする動きとも受け取れる現象も出てきています。
 例えば、
 直近の日本での政権交代は、旧来の特権階級(官僚、マスコミ、自民党)の暴走への大衆の「ノー」の意思表示と言えますし、
 国際舞台では、これまで、傍若無人に振る舞い、好き勝手に戦争を仕掛けて儲けて来た自己中の権化=アメリカも、国際的な共認に反して行動することは、難しくなっています。「大量破壊兵器」「テロとの闘い」etc.言いがかりとしか言いようの無いこじ付けで、それでも戦争をやろうとすることに、益々、国際的な白い目圧力は強まっています。
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 あるいは、世界をアメリカや大国(力の上位者)の意向に沿って動かす為の機関である国連でさえ、最近のリビアのカダフィ大佐の国連総会での演説http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=216198に代表されるように、全世界からの共認圧力、評価圧力によって、変えられようとしています。
もちろん、国家や市場という旧来のシステム上での現象ではありますが、共認による人類社会の統合を求める機運と、期待が高まり、その実現基盤が形成され始めたところではないでしょうか。

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コメント1件

 世の中の洗脳を斬る | 2011.12.08 19:33

 素直に木材をなるべく使う社会にできないの?コストもかからないし。海外の化石燃料系財閥に日本の学者までが洗脳されているから急にはできないかもね。最近、ノーベル化学賞に日本人が多かったのもその布石と見る。

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