2012-01-16

『科学はどこで道を誤ったのか?』(12)中世初期~近代科学の源流は、キリスト教の世界認識方法~


前回記事では、“観念こそが絶対“とする近代科学の思考パラダイムが、“科学“が道を踏み外した原因であるという提起をしました。

そしてそれは、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンなど、神の権威付けのための観念的論証能力を有する知的特権階級が活躍した時代でした。

そして、彼らの新しい認識手法は、その時期より少し前に、金貸しの支援で自らの経験的手法(≒実験)を公開し注目を集めていた職人の潜在思念的手法を、知的特権階級である彼らが取り込み、観念を操り再構築することで生まれました。

【プリンキピア】     

これにより、潜在思念で対象をありのまま認識することで現実認識を塗り重ねてきた職人の世界から、観念を操り思弁的論証に長けた知的特権階級へと、自然科学に対する実権が移りました。これが観念を絶対視する近代科学のはじまりだと考えています。

そして、彼ら知的特権階級は、中世後期のキリスト教の影響を受けた大学の学者にあたります。彼らはそこで、神の存在証明のための思弁的な学問である神学を中心に観念的論証技術を磨き、その根拠としてギリシア思想の自然科学論理を都合よく改変し取り入れたのです。そして、この知的特権階級のルーツをたどると中世前期のキリスト教教父に行き着きます。

また、シリーズを重ねる中で、17世紀のガリレオ・フランシスベーコン・デカルト・ニュートンとともに近代科学が興ったのは、それまでキリスト教権力に仕えていた知的特権階級としての学者が、キリスト教を凌駕する勢力になってきた金貸しへと、宗主替えを行った結果だと考えています。これにより、キリスト教の『観念を絶対化』する世界認識方法が近代科学に受け継がれたのだと思うようになりました。

これは、近代科学が西欧キリスト教世界のみから生まれたこと、つまり、それ以外の地域では自然は人間を超越しているという世界観を受け入れ、魔術的ではあれども自然に対する超越観を残していたことで、『観念の絶対化』は行われなかった、という歴史にも符合します。

また、キリスト教的な世界認識方法の対極にあるのが、現実世界(自然)は、人間の認識能力をはるかに超えた存在として捉える、精霊信仰です。

そこにあるのは、たとえ完全に同化することは出来なくても、すこしでも近く対象に迫っていくという感覚だけで、その対象に超越性を感じるという謙虚な思考法になってきます
これは原始人の精霊信仰と同じです。

素人が創る科学の世界~プロローグ『科学的認識はすべて仮説、その神格化が創造の壁』

これらの認識方法と、頭の中の観念だけを絶対化して、超越した自然現象をその観念により逆規定し、かつ矮小化していくという近代科学の認識方法とは180度異なります。このため、このような人類本来の本源的認識方法がどこで改変されてしまったのかも、合わせて追求していきたいと思います。

このような見通しをもとに、中世初期、中世後期、2回に分けて、キリスト教的な世界認識方法の変遷を追ってみたいと思います。その上でシリーズを通してのまとめとして、エピローグをアップとしたいと思います。

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◆ ◆ ◆ 自然に対してだけは、肯定観・超越観を残存させていたギリシア・ローマ思想

キリスト教が中世を席巻しはじめるのはローマ時代後期にあたり、キリスト教的世界観との思想的な結節点になるのはギリシア・ローマのそれです。これらの概要は以下の記事に連載しました。

『科学はどこで道を誤ったのか?』(3)古代ギリシアの時代~人工集団を統合するための分配の原理から数学的自然観をつくりだした古代ギリシア

『科学はどこで道を誤ったのか?』(4)ヘレニズム・ローマ帝国時代~帝国の統合需要に根ざした科学技術の体系化と個人の救い欠乏発の数学の発展

その骨子をまとめると

◆ ギリシア時代の思想

共同体が解体されて、規範をはじめとする正邪の判断を失い、力の序列原理では統制ができなくなり、法制統合のための統合観念が必要になりました。このような時代を背景にして、『誰に命令されなくても自明であると誰もが認めるような不動の秩序の体系を自然の中にも求める』という数学を中心とした『観念的な調和の原理』の追求を中心価値とするギリシア思想が生まれました。

◆ ローマ時代の思想

個人の運命の不安感から流行した占星術と、化学的関心の高まりから生まれた錬金術が媒介となって、ギリシア時代の数学的自然観を取り込んだ占星術が爆発的に流行し、『錬金術は父なる神に許された創造であり、その能力を得るためには惑星天の力を借りなければならない』と考えられ、錬金術と占星術が結びついて、数学的自然観を中核としたヘルメス科学を構成しました。

◆ キリスト教に繋がるギリシア・ローマ思想の共通点

ギリシア時代の『観念的な調和の原理』と、ローマ時代の『魔術に近い実践思想』との距離は大きいのですが、両者には共通項があります。

それは、『世界は疑うまでも無く存在しており、はじめも終わりも無い循環的なものである。』という世界観で、それは『あるがままの世界を、そのまま受け入れる』という態度と、数学的な認識方法によって支えられています。これは、原始人以来の同類に対する肯定観が、共同体の解体でガタガタになりつつも、まだ自然に対してだけは肯定観・超越観を残存させていたと見ることが出来ます。

例えば、ギリシアの数学的な調和は、極めて観念的で自然をすべて表しているわけではありませんが、対象の中に観念で措定した調和の原理を『ただ受け入れる』ことで社会の秩序の維持を図ろうとしていたのであって、自ら能動的に働きかけ、対象世界を支配・制御していくという意図はありません。

また、ローマ時代のヘルメス文書は、それを『魔術』と捉えていること自体、人間の手の届かない超越観を自然に対して抱いていた証拠だと言えるでしょう。それは、自然の超越的な力を前提にして、魔術によりそれを引き出し現実の恩恵を得ていくという思考方法だからです。

つまり両者とも、自然を超越視する精霊信仰以来の認識方法を、わずかながらも残していたのです。そして、共同体を解体されて共認非充足に陥り、新しい秩序を求める個人と集団の意識を統合する為に、自然を対象とた『数学で表される完全に調和した自然』という観念に収束していったのだと思います。

このように、自然への肯定視は残っているためプラトンの二元論的認識も物と心が完全に分離した近代的なものにはなっていませんでした

◆ ◆ ◆ アウグスティヌスを中心にキリスト教がギリシア思想を取り込んでいく


これらの信仰は、キリスト教から異教と呼ばれ排除されていきます。そして、ローマ帝国末期にきわめて勢力のあったこれら異教も、結局、キリスト教に打ち負かされ、ついに312年のコンスタンティヌス帝のキリスト教の承認、391年のテオドシオス帝によるその国教化によって、キリスト教の優勢は決定的になります。

そして、国教化されたあとも、その支配を磐石なものにするために、敵対的であった土着宗教を基盤にして、ギリシア思想に慣れ親しんだ異教徒の知識階級をキリスト教に取り込む必要がありました。ところが、彼ら教父は固有の自然科学論理を持たなかったため、布教のためにはギリシア思想を都合よくキリスト教的に改変していくしかなかったのです

【アウグスティヌス】     

その結果、ギリシア・ローマ思想は布教を担うキリスト教教父の考察の対象となり、その自然科学論理はキリスト教の信仰との関係の中で議論されていくようになります。

◆ ギリシア・ローマの自然科学論理を聖書理解の補助理論として取り込んでいく


そして、中世初期にキリスト教思想の指導者として活躍し、ギリシア・ローマの自然科学論理をキリスト教に取り込んでいく役割を主に担ったのが、教父アウグスティヌス(354~430)です。

その思想は著書『神の国』『キリスト教の教え』などに収められています。

アウグスティヌスは科学のための科学は否定したが、自然科学その他学問に対する彼の立場は、キリスト教徒は聖書解釈のために科学的な知識が必要な場合にはそれを所有する異教徒から借りればいいという、一種の便宜主義であった。アウグスティヌスにとって学ぶことの目的は「聖書全巻の中に神の意思を求める」ことに置かれていたのである。
これはアウグスティヌスの『キリスト教の教え』の一節であるが、その第二巻は聖書学習の手引きであり、それによれば、聖書にはいろいろな地上の事物を用いた「比喩的表現」が数多く含まれていて「事物についての知識がないと比喩的な表現の意味が解らなくなる」し、「転義的かつ神秘的に述べられた箇所も多い」。そのため、聖書研究に資する限りで「異教徒の文化の積極的受容」が望ましい。

※【重力と磁力の発見1 山本義隆著】より引用

このように、キリスト教は、異教徒であるギリシアの思想や、共同体の中で培われた生活の知恵(例えばシャーマンが行う土着医療)も含めた異教徒の科学的認識を、聖書研究の補助理論として吸収・改変・布教し、その支配を磐石なものにしていったのです

◆ ◆ ◆ アウグスティヌスはどのようにギリシア・ローマの世界観を改変していったのか?

しかし、ギリシア・ローマの自然科学論理をそのまま受け入れるとキリスト教の教義と対立するものがあります。この時代の教父たちは、それをキリスト教の世界観に合わせて都合よく改変してきたのです。その中心にいた教父アウグスティヌスは、ギリシア思想を下敷きにキリスト教的解釈を加えていきます。そしてギリシア的世界観はプラトンとアリストテレスの思想に代表されますが、アウグスティヌスが取り入れ改変したのは、主にプラトンの思想です。

◆ キリスト教的改変1:新プラトン主義はキリスト教の『神の国』を正当化する思想


プラトンは、イデアと質料という概念を用い自然を論理化しました。それは、感覚界ではなく、理性によって捉えられる時空を超えた永遠不変のイデア界があり、現実の世界(感覚界)は、このイデア界の模像でしかないとしました。

その結果、この思想は永遠不変のイデア界と、その模像でしかない現象界(感覚界)とを峻別する二元論的世界観を持つことになります

この世界観は、キリスト教にとって都合が良かったため、

【天上の国と・・・】     

アウグスティヌスは、プラトンのイデア界と天にある神の国を同一視し、現実の自然界と人間界をその下にある邪悪な世界とみなし、それゆえ自然科学研究を聖書研究の下に置いた。

※【重力と磁力の発見1古代中世 山本義隆著】より引用

という改変を行っています。

これを新プラトン主義と呼びますが、後述するようにギリシア思想(アリストテレスを含む)とは大きく異なります。そしてこの、現実の世界を邪悪な世界とみなすキリスト教の世界観は、

つまり、「天上」が「神の住まう至高の世界」と措定され、それに対して、地上と自然は「悪魔の世界」として否定された。つまり「神」や「悪魔」という正当化観念(架空観念)によって、現実(自然)は否定されたのだ。

自然という現実が単に否定されただけではない。キリスト教においては最早「自然」は現実そのものではない。「悪魔の世界」という妄想世界に摩り替えられている。原始以来人類が対象化し続けてきた自然の摂理という現実は、頭から消え去ってしまっている

るいネット/キリスト教⇒近代科学における自然は「悪魔の世界」

のように、自然を超越存在としてみる本源的認識法とは正反対の、神を頂点とした世界の序列化と、その結果としての自然に対する敵対視が、この時代の自然科学思想に取り込まれて行くのです

この時、『自然の一部としての人間』から『人間と敵対する自然』という価値転換が起こり、最終的には近代科学において、自然を無機的で自動的に動くただの機械としか見ない機械論的世界観や、自然をただの物としか見ない物と心が完全に分離した物心二元論につながって行きます。

この時点で、共同体の破壊から来る、仲間への肯定観の喪失に続き、自然への肯定観・超越観も失われていったのです。

◆ キリスト教的改変2:連続・円循環的世界観から『神の創造』にはじまる直線・進歩的世界観へ


ギリシア思想は、世界は初めからあったもので、連続しているという認識をしています。これは、私たち日本人の感覚とも一致し、キリスト教圏以外の多くの地域での共通の感覚です。

よって、ギリシア思想のイデアや形相や質料(≒無形の構成要素)も、はじまりも終わりも無い世界を前提にした連続したものになります。

【天使の梯子】     

それは、同化対象である現実世界は、疑いようもないものであったので、世界のはじまりを考える必要すらなかったからです。また、現実の世界は一日・一ヶ月・一年と確実に循環しているため、世界は繰り返していると感じるのが自然です。これらは、精霊信仰以来の認識法で、これを観念化すると、連続・循環などで表す仏教のような融通無碍なものにしかなりません。

これに対してキリスト教は『神の創造』を大前提にしています。しかし、はじまりのある神の創造と、はじまりも終わりも無いギリシア思想は大きく対立します。このままでは、『神の創造』の完全性に反するため、アウグスティヌスは布教のための以下のように改変に乗り出すのです。

1 ギリシア的な「永遠な第一質料」という考え方を否定し、これに代えて神による「無からの創造」というキリスト教的な考え方を自然学のなかにもちこんだこと。(略)

2 「世界の周期的循環」というギリシア的な考え方を否定して、世界を終末に向かう直線的な「神の摂理」の進行というキリスト教的な概念をこれに代えたこと。(略)

※【近代科学の源流 伊藤俊太郎著】より引用

ここで、『無からの創造』という観念と、『世界を終末に向かう直線的な「神の摂理」の進行というキリスト教的な概念』はひとつながりのものであり、あるがままの現実を捉えるという認識法とは正反対の、それ以前の過去の歴史的現実との関係をリセットした、新たな架空の世界観を創造することに繋がります

この時点で、ギリシア思想やキリスト教圏以外の地域の、思想の根底に流れる、『世界をありのまま』に捉えるという本源的認識法は破棄され、頭の中だけの観念で、都合の良い新しい世界を逆に規定していくという倒錯思考に陥ったのです。これこそが『観念の絶対化』で、頭の中だけにしか存在しない世界が登場したのです。

この世界観は、現在に至っても西欧キリスト教圏の思想の基底部にあり、マルクスの進歩史観やビックバン宇宙論に代表される、彼ら固有の『一方向的に進歩する世界観』という『連続・循環する融通無碍な世界観』とは全く逆の認識方法をとっているのです。

◆ キリスト教的改変3:占星術の禁止

最後の改変は、「天体の運動の人間の運命への影響」というヘレニズム占星術の考え方を否定して、「人間の自由意志」を擁護したことが上げられます。アウグスティヌスが占星術を禁止した理由は表面的には以下のようになっています。

天界の運動が月下界の事物にある程度影響を与えることはあっても、人間の精神はそこから全くの自由であり、人間の運命はあらかじめ規定されていないとして、占星術的な決定論から自由意志を救出し、自らの行為の責任を負うものとした。

※【近代科学の源流 伊藤俊太郎著】より引用

しかし、ここで言う自由意志とは、キリストを信仰するならば天国に、しないならば地獄に落ちる、このどちらかを選択するという、キリスト教を信仰するかどうかの自由意思のことであり、個人の運命がわかるという占星術を認めるならば、キリスト教を布教する妨げになるという理由から、それを排除したのだと思います。

この結果、占星術や錬金術はこのキリスト教から異端視されることになります。

◆ 占星術の禁止が思わぬ副産物を産む

占星術が禁止されると、同じヘルメス科学の錬金術も異端扱いされます。しかし、『非現実の世界』の思想であるキリスト教では『現実の世界』の力にはならないため、現実の利用価値を持った錬金術は捨て去られることは無かったのです。そのため、これらは観念世界のキリスト教教父とは全く別の世界で、職人達によって担われていくのです。

そして職人たちは、自然を超えられないという本源的認識方法を残していたため、キリスト教が切り捨ててきた経験と潜在思念による現実世界の科学的認識方法を、彼らの支配の裏で独自に発展させていくことになるのです。そしてそれらは、水面下でルネッサンス期まで生き延びて、ヘルメス科学の魔術的要素を残しながら、近代科学誕生の礎の一つになっていくのです。

◆ ◆ ◆ ギリシア思想を改変したキリスト教世界はどのように変質していったのか

これらの改変の結果、キリスト教世界は、

中世初期を通じて、宇宙論であれ博物誌であれ、自然的物事の関心はそこに宗教的・道徳的真理のための実例を見出すことであったと言ってよい面がある。ここでは、自然の探求に期待されたのは、科学の仮説の経験への適用とその一般化ではなく、むしろそこに宗教的・道徳的事実の象徴を見出すことであった。

※【近代科学の源流 伊藤俊太郎著】より引用

のように、キリスト教の指導者である教父たちは、疑いも無くまず『神』の存在を絶対化し、絶対化した『神』という観念側から対象世界を理解するという、倒錯した世界認識方法をとるようになりました

その際、異教徒の自然科学論理の二元論的世界観など神にとって都合のよいところは吸収改変し、連続する世界観など都合の悪いところは、神の創造に置き換え改変することで教義の補強を行いました。

それは、自然に対する肯定観・超越観を破棄した、神を頂点とした世界の序列化と、その結果としての自然に対する敵対視によってなされた、『自然の一部としての人間』から『人間と敵対する自然』という価値転換を含んだ認識方法というもので、
この時代の宗教的支配者のキリスト教教父に共通する認識方法になっていくのです.

他方、教会の権力闘争から見ても、教団の拡大は教父自身の地位や権力の確保に繋がっています。つまり、事実に反しても神の権威を保っていく動機は、キリスト教支配における知的特権階級である教父という地位を磐石にするためという、極めて自我・私権的なものを含んでいたのだと思います

この『認識方法』『追求の動機』は、キリスト教が力を失ったあとに登場する近代科学やそれを支える国家(大学)制度に、さまざまな経緯を経て引き継がれていくことになります。

次回は、これらの『認識方法』『追求の動機』が、中世後期に興る大学の知的特権階級にゆだねられていく過程と、それと同時に興る、金貸しに支援された、錬金術などの魔術やそれを操る職人の地位向上と、それら二つの要素が対立しながら、最終的にはキリスト教的な世界認識方法をとる知的特権階級により、近代科学に取り込まれる過程を扱います。

List    投稿者 sinsin | 2012-01-16 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?No Comments » 

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