2012-01-06

『科学はどこで道を誤ったのか?』(9)近代Ⅱ~国家体制に組み込まれ、専門化体制の中で無能化した学者~

18世紀に蒸気機関が誕生した頃は、技術者の工夫の積み重ねが産業革命につながる発明を支えており、まだ技術が科学を先行していました。
しかし、19世紀に実験室で生まれた電磁気学により、始めて科学が技術を先導してゆきます。
科学は電磁気を得て、科学者の頭の中の夢想に沿って人工の実験が試され、それを数式化してそのまま現実の技術として転用されます。
ここについに、科学理論が先行する形での技術開発、すなわち真の意味での「科学技術」が始まったのです。

では、そのような科学技術が、国家権力や支配組織と結びつくとどうなるのでしょうか?
山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」を参考に、解明していきます。

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◆ ◆ ◆ 国家プロジェクトとして科学が導引される

18世紀産業革命以降の科学技術の発達は、戦争圧力を抜きに語れません。
18世紀後半の市民革命(フランス革命・アメリカ独立戦争)以降、欧米列強による市場の拡大競争が生み出した侵略戦争がますます激化し、軍備強化への期待圧力が高まりました。
市場拡大→戦争圧力を受けて科学技術による生産力がさらに発達し、同時に科学者たちは戦争という国家プロジェクトに組み込まれ、その手先と化してゆきます。

その行き着いた果てが、20世紀のアメリカでのマンハッタン計画(原爆製造計画)です。

マンハッタン計画は、理論的に導かれ実験室での理想化された実験によって個々の原子核のレベルで確認された最先端物理学の成果を、工業規模に拡大し、前人未到の原子爆弾の製造という技術に統合するものであった。

それは、当時ほとんど知られていなかったウラン酸化物やまったく未知の元素プルトニウムの化学的性質の解明といった基礎研究に始まり、プルトニウムの化学的分離や自然界にはきわめて僅かしか存在しないウラン235を濃縮して抽出する工程の開発から、それを大規模に実践するための大工場の新設、プルトニウム生産のための原子炉の設計と建設、ウラン235の連鎖反応のための臨界値の決定、連鎖反応が瞬間的にかつ完全に生じるようにするための爆薬の配置法、それらを計算するための大型計算機の開発、等、多方面にわたるきわめて多くの理論的・技術的問題の解決を必要とした。

マンハッタン計画はその膨大で至難の過程の全体 -以前なら個々の学者や技術者や発明家や私企業がそれぞればらばらに無計画におこなった過程の全体を- を、一貫した指導の下に目的意識的に遂行し終えた初めての試みであった。

抽象的で微視的な原子核理論から実際的で大規模な核工業までの長く入りくんだ道筋を踏破するその過程は、私企業を越える巨大な権力とその強固な目的意識に支えられてはじめて可能となった。

それは官軍産、つまり合衆国政府と軍そして大企業の首脳部の強力な指導性のもとに数多くの学者や技術者が動員され組織されることで実現されたものであった。

※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」より引用

マンハッタン計画では、5万人にのぼる科学者・技術者を使い、総計20億ドル(7300億円)もの資金が投入されました。
このような大掛かりな計画が推し進めていけたのは、産軍複合体が主導した『国家プロジェクト』だったからなのです。

そして、それは戦後も続いていきます。

◆ ◆ ◆ 大量に組織化された国家プロジェクトが作られてゆく

マンハッタン計画のこの「成功」をうけて、戦後アメリカ政府は科学技術振興に積極的に介入していった。
実際、第二次大戦後(20世紀後半)の宇宙開発競争のような科学技術は、このような官軍産の強力な指導のもとに大量の学者と技術者が計画的に動員されることで可能となったのであり、当然それは、大国における政治的・軍事的目的、あるいは金融資本と大企業にとっての経済的目的に従属したものであった。
戦後、原子力開発が民間企業に負わされることになっても、国家の後ろ盾のもとにいくつかの大企業にまたがって担われるプロジェクトとしての原子力開発において、マンハッタン計画と同様の状態が出現することになった。

※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」より引用

戦争圧力によってマンハッタン計画が推進され、第二次世界大戦は原爆の製造に成功した連合国が勝利をおさめました。
その成功を受けて、その後も国家プロジェクトによる科学技術開発は、米ソ冷戦による「宇宙開発競争」へと発展してゆきます。また、資本主義が蔓延する中でより儲けの多い「エネルギー開発(核エネルギー)」が国家プロジェクトとして推進されてゆきます。

これらの背後にある「市場拡大」という原動力に導かれ、数々の巨大な国家プロジェクトが生まれ、科学者たちはその中に根こそぎ取り込まれてゆきます。
そして、それは科学技術が経済的目的(市場拡大)に従属してゆくことに他ならないのです。

◆ ◆ ◆ 科学者も技術者も、視野狭窄→無能化してゆく

国家体制に組み込まれることによって科学者や技術者には、どのような影響があったのでしょうか?

マンハッタン計画において、既に科学者の視野が狭められていることがわかります。

もちろん秘密の軍事研究であり、情報管理は徹底されていて、個々の学者の大部分は、全体としての目標への疑問は許されず、というか、そもそも原爆製造という最終目標すら教えられずに、与えられた問題の解決にひたむきに取り組んだ

※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」より引用

それは、それ以降の国家プロジェクトでも同様です。

動員された学者や技術者はその目標の実現という大前提にたいしては疑問を提起することは許されず、ただその枠内で、目前に与えられた課題の達成にむけて自己の能力を最大限に発揮することのみが求められた。

GE社を辞職した技術者の一人リチャード・ハーバートは辞表に記している。
「原子力産業は、われわれ個人個人の活動がつみ重ねられたときにおこる衝撃の大きさについては、僅かの理解力しかもたない視野のせまい専門家たちの産業になってきています。」(『技術と人間』1976年6月号、68頁)

そしてそれは国策として進められる巨大科学技術の宿命であることを、いま一人ディル・ブライデンボーも辞表にしたためている。
「多くの場合、集団的に調製された政治的決定によってメーカーと建設にともなう莫大な費用、スケジュールがきまります。このような政治的な圧力が結果の正しい評価による公平な決定の達成を、非常に難しくしています。原子力発電は”技術的な怪物”になってきており、誰が制御しようともその、正体を明らかにすることはできないのです。」(同、71頁)

※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」より引用

科学者たちは、市場拡大を目的とした国家体制に組み込まれる中でプロジェクト全体の目的すら対象化しなくなります。そして、社会に与える影響、自然世界全体を統合するという視点を持たないまま、限られた自らの専門領域の中でしか頭を使わなくなり、ひたすら与えられた課題だけに向かいます。

そして、科学者たちはどうなったのでしょうか?

生産規模の巨大化と生産能率の向上のみがひたすら追及されるが、そのこと自体が意味のあることなのかどうかは問われることはない。そのことに疑問を呈した人間はただ脱落してゆくだけとされる。こうして”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失してゆく。

※山本義隆氏「福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと」より引用

技術者や科学者たちは、権威のみ与えられた特権階級となり、社会の当事者であるという主体性を失い、無能化してゆきます。

その後、特権階級体制=専門家体制は、どのような状況に陥ってゆくのでしょうか?

マスコミ、政治家、官僚など、現在(団塊世代以降)の特権階級は、大半が貧困=本当の私権圧力を知らず、従って本当の目的意識を持ち合わせていない。

彼らは、単なる試験制度発の「合格」という無機的な目的意識(もちろん、それは肉体的欠乏に根ざした本気の目的ではない)を植え付けられてひたすら試験勉強に励み、「特権」を手に入れた連中である。
又、彼らの大半は、試験制度という与えられた枠組みの中でひたすら「合格」を目指してきただけで、その前提を成す枠組みそのものを疑うという発想が極めて貧弱である。

従って、彼らは社会に出てからも、ひたすら既存の制度の枠組みの中で走り続けることになるが、もはやそこでは、既存制度によって与えれた特権の維持と行使という目的以外の目的意識など生まれようがない

かくして、団塊世代がトップor幹部に就いた’00年以降、彼ら特権階級は、ひたすら与えられた特権を行使し、次第に「社会を動かし」「世論を動かし」ているという支配の快感に溺れてゆくようになって終った。
これは、権力の自家中毒であるが、恐ろしいことにその病癖は麻薬中毒よりももっと酷い結果をもたらすことになる。

何れも、社会統合という最重要課題が分業体制(専門家体制)によって担われてきたが故に生じた問題であるが、金貸しの特権階級(幹部)に対する買収と脅迫の横行にせよ、支配の快感に溺れてゆく特権階級の自家中毒にせよ、専門家体制が末期症状を呈していることだけは間違いがない。

るいネット 『特権階級の自家中毒』より引用

国家プロジェクト(社会統合課題)を担っているにも関わらず、狭い専門領域に閉じこもり、己の保身を第一に考える技術者や科学者たちが無能化するのは必然です。
そして、なまじっか国家の後ろ盾という特権を残存しているがゆえに、その影響(被害)は極めて甚大なものとなります。
この国家体制→専門家体制に、科学技術を暴走させる根本的な欠陥構造があります。

次回は、専門家体制の末期症状として起きた「福島原発事故」について扱っていきます。

List    投稿者 staff | 2012-01-06 | Posted in B.科学史, B01.科学はどこで道を誤ったのか?2 Comments » 

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コメント2件

 匿名 | 2012.11.17 18:08

ソースは?

 匿名 | 2012.12.01 19:37

私は一週間に一度くらいしか髪は洗いません。(大汗をかいたときは別ですが・・・)
自然は石鹸か、天然塩かで荒い、リンスは昔の製法で作られた醸造酢を薄めたものです。その後に食品用の油、オリーブ、アプリコット種、ぶどうの種などを塗ります。
とてもよい感じです。
昔はケラス*-ゼという商品など使っていましたが、ふけ、かゆみ、抜け毛が恐ろしいほどあり、見直しました。
ちなみに私の祖母は88歳まで、白髪、抜け毛のない人でした。彼女は毎日、椿油を塗り、髪はたまにしか洗わない人でした。
肌もぴかぴかの人でした。骨も体も丈夫な人でした。乳製品、一切食べない人でした。

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