2011-06-03

トリウム原発に騙されてはいけない!!5~今や、原発も金貸し支配も、私たちの世界と無縁の世界ではないことに気付く時。皆で答えを作るしかない!~

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今回の福島原発は人類史通じても未曾有の災害。
現在でも正確な拡散状況がつかめず、被害の実態がどのようになるか掴めていない。
放射能被害の基準値もコロコロ入れ替わるような、ほとんど根拠らしいものが何もない状況。
放射能汚染は、この先何十年何百年汚染が続くか解らない。
そんな原発が、日本には50基以上存在している。
少し考えれば、このような危険な状況にあることは子どもでもすぐ解る。そして、この状況をどう突破していくか、どうすれば皆が安心、活力ある社会にできるのかを考える必要性も、すぐ生起するはずである。
しかし、日を追うに従って奇妙なくらい静かになってきている。マスコミ報道はもちろん、被災地に近い当事者ですら、福島原発について意識から遠ざかっている様子すら路上からは伺える。
大転換期の現在、この「未曾有の原発災害どうする?」ですら、「どうでもいいやん」「何とかなるのでは」という大衆意識が広がってきているが、この意識はどこから来ているのか?本当に何とかなるのか?
これまでのシリーズ投稿
トリウム原発に騙されてはいけない!1~ウランとトリウムって何が違うの?
トリウム原発に騙されてはいけない!!2~トリウムなら大丈夫って本当?
トリウム原発に騙されてはいけない!!3~一体、誰のための原子力発電なのか~
トリウム原発に騙されてはいけない!!4~近代思想が仕掛けた罠~

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☆☆☆縄文意識から連なる「どうでもいいやん」
古代・中世の時代というのは、中央アジアをはじめとして西欧、アフリカ、中国と、世界的に共通して略奪闘争→国家戦争を玉突き的に繰り広げてきた時代である。そこでは、生存圧力の過酷さの違いによる略奪・支配の程度の差はあれ、集団あるいは国家同士の戦いの末、支配者と被支配者という序列体制によって社会が秩序化されていた。そして徴税制、相続制の確立により支配者の冨は万世に渡って蓄積され、被支配者は奴隷として大多数を形成していた。
その中で日本は、島国という地理的条件もあり、世界的な略奪・国家闘争に巻き込まれなかった類稀なる国であったが、それは島国という理由だけではない。日本においても縄文時代から弥生時代にかけて、朝鮮半島での略奪闘争の敗者が渡来するというかたちで玉突き的に略奪闘争が伝播している。しかし、日本の史実を紐解いても、西洋のそれに見るような激しい略奪、戦争や、武力による民の支配は日本では殆どない。事実、支配者である天皇家も将軍家も(海外の帝国国家の君主や貴族に比べれば)著しく質素である。(幕末の外国人が江戸城の生活があまりに質素なことに驚いている記録がある。)

この違いは何故起きたか?

それは、縄文人の受け入れ体質が根底にある。

縄文人を始め採取部族は、このいずれでもない共生適応を選択しました。人類誕生以来、共認機能を唯一の武器として(期待・応望の同類圧力を唯一の圧力源=活力源として)、精霊信仰という観念機能を獲得したことでかろうじて生き延びてきた人類にとって、初めて遭遇する同類圧力はどうすればいいか分からない未明課題でした。自我や私権闘争を本源集団内に封鎖してきた彼らは、闘争関係を顕在化することなく、共認原理を集団外にも延長することで闘争を回避した。共生適応とは、友好関係維持による一種の棲み分けに近く“統合”関係とは云えません。そもそも闘争関係を回避した“統合”関係は成立する筈がありません。
 もう一方の観念統合も、社会関係を対象化した認識の蓄積もなく、社会的な共認を可能にするインフラもなく成立する基盤はありません。
るいネット「縄文社会は“統合”されていない」より

受け入れ体質とは、集団内の成員に向ける共認(期待と応望の気持ち、互いの関係)を他の集団にも同じような意識で受け入れることである。現代でも「日本人は異様に素直で警戒心がない」と他国から見られているが、これは縄文以来の受け入れ体質=共認体質が今でも脈々と続いている所以だ。朝鮮半島から落ち延びた侵略者ですら受け入れる縄文体質が、支配者の力の原理(序列体制)を不要にさせ、仲良くやった方が上手くいくという共生関係を成立させてきたのが日本である。
しかし、共生関係とは平たく言えば棲み分けであり、互いの統合関係はない。いわば天皇(お上)の世界と、民の世界は別々の世界として共存している関係である。もっと平たく言えば、民・大衆からみれば天皇・お上のことはどうでもいい世界であり、天皇が万世一系であろうがなかろうが、民の充足世界が守られるのなら何でも良いことになる。
この「お上の世界はどうでもいい」という意識は、現在まで受入れ体質と共に脈々と受け継がれてきており、現在でも日本は社会性や観念性、思想性に乏しいと他国から見られている理由がここにある。そしてこの意識が底流にあるが故に、支配者からみれば日本というのはいとも容易くコントロールできる民族となっている。近代になり金貸しが実質的な支配者として日本の財を略奪しても、また瀬島-正力-中曽根等の核思想や、無能官僚、御用学者の私益のための原発支配であっても、それが明るみにさえならなければ、大衆の世界とは無縁の世界としてやりたい放題になるのである。

☆☆☆今後も「どうでもいい」「何とかなる」で本当に何とかなるのか?今や、無縁の世界ではないことに気付く時。
さて、今の未曾有の災害に対して、これからも縄文由来の「どうでもいいやん」で本当に何とかなるのだろうか。それは冒頭にも述べたように、少し考えれば何とかなるような代物ではないことは子どもでも解ることだ。
「どうでもいいやん」という意識の前提条件は、お上は無縁の世界ということであるが、これまで金貸し支配にしろ、政治にしろ、無能官僚にしろ、事実は殆ど表に出てこず、大衆のマスコミ支配によって大衆は無縁の世界と思わされてきた。しかし、大衆のテレビ離れが00年頃から始まり、さらには福島原発を契機にマスコミ発の情報に対する不信感が完全に顕在化し、それに変わってネットや口コミ、仲間内からの皆の評価を羅針盤にした情報こそ信用できる情報として変化してきた。そしてその中から目を疑うような事実や、金貸し支配、アメリカ支配、官僚の無能化、政治の腐敗などの構造もさらに明らかになっていくだろう。
つまり、マスコミ支配から脱却し、自分たちの手で事実を見極めていく流れが加速するほど、大衆の世界とは無縁の世界ではないことに気付くだろう。「どうでもいいやん」という意識は一気に「どうにもならん」ということに気付き、これまでの支配者に変わって「自分たちの手でなんとかしないと」いう意識に変わっていくだろう。それは、政治、経済、環境あらゆる分野で同時平行的に行われ、漸く社会統合にむけて動き出すはずである。

現在、環境問題は環境省、エネルギー問題は経済産業省(資源エネルギー庁)という2つの組織によって担われています。ここでは、2集団の対立構造の作り出す圧力しか、環境問題の抑止力はありません。かつ、経済産業省のエネルギー供給政策の方は、常に環境破壊のベクトルしか持ちえません。しかし、エネルギーの消費と供給の一体的計画の中で初めて環境問題は解決するというのが事実です。つまり、エネルギーの消費者がエネルギー供給政策の当事者になり、消費にも供給にも責任を持つことが必要なのです。環境問題の改革を進めるには、新しい社会統合機構が不可欠!8『官僚制の突破口は、「半専任・半事業⇒参勤交代制」』

これを実現するためのシステムが、副業として担うことができる半事業組織です。そこでは、エネルギー供給政策を担う新しい社会統合機構を設立し、期間限定で専業の生産集団から政策担当者を出向させ、自集団も含めたあらゆる集団へのエネルギー供給政策を担わせることになります。そして、その給料は、仮に所属集団かその一つ上位の階層のグループが負担するということにします。
そうすると、期間限定であること、専業の生産集団(出向中はその給与も負担している)は別に存在することから、国益よりは省益、省益よりは私益に代表される、自閉性は無くなります。そうなると、そこで得られるものは、いかに社会のためになる政策を打ち出し実行してきたかという評価のみになります。当然、その評価を獲得するように、自集団からの期待もかかります。それも、在任期間に成果を出す必要から、公務員のようなサボリも発生しないでしょう。これを例えるならば、現代の参勤交代制ということになるかもしれません。環境問題の改革を進めるには、新しい社会統合機構が不可欠!8『官僚制の突破口は、「半専任・半事業⇒参勤交代制」』

前回の記事で提示した「半専任・半事業のエネルギー体制」はその一つの切り口である。消費者として、生産のことは無縁の世界(どうでもいい)となったままでは、この問題の本質は解決しない。消費者=生産者として自分たちの手でエネルギー問題も取り組めるような仕組みを創り、社会の皆で共認関係を築き、充足を高めていくことができる社会をつくっていきたい、というのがこのシリーズで一番伝えたい内容である。
『次代を担う、エネルギー・資源』原子力発電のまとめ1~(技術開発編)
『次代を担う、エネルギー・資源』原子力発電のまとめ2~(推進体制編)

List    投稿者 nannoki | 2011-06-03 | Posted in E03.トリウム原子力発電1 Comment » 

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コメント1件

 匿名 | 2014.06.19 20:29

こんばんは
トリウム発電の構造的な問題に触れていないように思われます。
原子力発電に関してはネット上の知識しかありません。
私の素人推測です。
トリウム発電の上に「ナ」が付く発電が福井県あたりにあります。
名前はもんじゅです。
もんじゅもなんで動かないんですかね?
トリウム発電もナトリウム発電も同じところに欠陥を持っている気がします。

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