2020-01-01

水は恐ろしいものであると同時に恵みを与えてくれる存在 ~水力発電の可能性

明けましておめでとうございます。

旧年中は本ブログ「地球と気象・地震を考える」を愛読して頂きありがとうございます。本年も引き続きよろしくお願いします。

前記事(リンク)で書いたように、昨年は様々な自然災害が日本を襲いました。 とりわけ豪雨災害は記憶に新しく、近代技術を駆使した超高層建物において、災害時の脆弱性が周知のものになりました。

我々は、自然を制御してコントロールできるものと無意識に思い込んでいますが、自然災害に直面するたびに自然の怖さを痛感し、それは錯覚だと思い知らされます。

自然支配視が根っ子にある近代観念・近代科学に染まった現代人は、自然をすべて解ったつもりになっていますが、地球の構造も宇宙の構造もほとんどわかっていないというのが事実で、自然はまだまだ未知であることを前提にしなければならない。

昨年の豪雨災害は、人類の知能で自然をコントロールするなど傲慢であるということの戒めでもあります。 ましてや、福島原発の大災害で明らかになったように、火力、水力、風力などの経験からはじまったものと違い、近代科学の物理論から観念的に導き出された核エネルギーの原発は、人類滅亡に直結しており、利便性、市場原理を優先して行うような領域ではありません。

一方、古来より自然は超越存在の畏敬対象であり、猛威の怖さと同時に、我々が生存するために恵みを与えてくれる対象でした。 水力発電所の建設による自然環境の破壊の問題はありましたが、原発を利用するくらいなら、今ある水力発電の有効利用を追求すべきです。 戦後復興期から日本の電力を支えてきた佐久間ダム・発電所(静岡県浜松市)

(※戦後復興期から日本の電力を支えてきた佐久間ダム・発電所(静岡県浜松市))

再生可能エネルギーのなかでも水力発電は、使い方によっては莫大な電力を産み出すことができ、さらにこの豊かな電力が半永久的に継続でき、日本のエネルギー事情を一変させる可能性をもっいています。 以下、「るいネット『水力発電が日本を救う』」より転載。

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■竹村公太郎『水力発電が日本を救う』を読み解く メルマガ『国際インテリジェンス機密ファイル』(リンク

・未来の日本のエネルギーを支えていくのは水力発電、そう考えている。

・私は、国土交通省の河川局で主にダムを造ってきた。3つの巨大ダム建設に従事し、人生の大半をダムづくりに費やしてきた。 ・現在は、もう巨大ダムを建設する時代ではない。寂しいが、どんどんとダム建設の経験者は少なくなっている。

・同様に、水力発電設備のエンジニアたちもいなくなりつつある。電力会社には、発電所を建設する土木技術者がもちろんいる。けれど、今の中心は、火力や原子力の発電所であり、水力発電の土木を知っている技術者はいなくなりつつある。

・水力発電所の建設には、川の地形に合わせる発想力が必要だ。過去の実例には頼れない場合が多く、自分たちの力で、何もないところから新しく造っていくことを求められる。

・過去の技術者たちには、そうした構想力のある先輩がいた。今の時代、そうした方々はいなくなりつつある。

・今この時期に、そうしたダムを含めた水力発電の経験やノウハウを、未来に繋いで残しておかなければならないと考えている。

・水力のプロの私は、純国産エネルギーである水力発電の価値を知っている。日本のダムは半永久的に使える。たとえ100年経っても、ダムは水を貯めている。ダム湖の水を電気に転換できる。 ・しかも、ちょっと手を加えるだけで、現在の水力の何倍もの潜在力を簡単に引き出せる

山、雨、ダムという3つが揃っている日本は、膨大なエネルギー資源、それも無限でただの太陽エネルギーを持っていることを知ってもらいたい

・日本のダムは「油田」である。 ・ダム屋のわたしの眼からは、ダムに貯められた雨水は石油に等しい。ダム湖は国産の油田のように見える。

・高い山、大量の雨、そして川をせき止めるダム。この3つが揃った時だけ、水は石油になる。

・雨のエネルギーは、太陽から与えられる。

・100年後、200年後にこそ貴重になるダム遺産。

・少なくとも200兆円分の富が増える。

・自分の専門である河川土木の見方で物事を考える癖があり、これまでも歴史や社会問題などを、地形の面から見直してみて、思わぬ発見をしたことがある。

・奈良時代後半、京都に都が移されたのは、奈良周辺の山々は禿山になってしまっていて、もう木材エネルギーを手に入れることができなくなっていたから、と結論できる。

・徳川家康が江戸に幕府を開いた理由は、豊富なエネルギーだった。

・1600年の関ヶ原の戦いで勝った家康は、征夷大将軍になった後、その辺鄙な江戸に自分の幕府を開いたのだが、これは不思議な話だ。

・反徳川勢力に備えるのなら、箱根を越えた遠い関東に本拠を置くよりも、京都か、名古屋、岐阜などのほうが、はるかに理にかなっていた。

・実はこの当時、関西にはもう木材がなかった。これが家康の決断を理解する重要なカギになる。

・1590年、家康は秀吉に追いやられるようにして関東の領地を得た。そこで彼が見たのは、利根川や渡良瀬川、荒川などの領域に広がる、手つかずの広大な森林だった。

・莫大な木材は家康の心を動かした。今日でいえば、軍事国家の独裁者が大油田を発見したようなものだ。

・エネルギー資源が戦略物資であることは、戦国の昔も今と変わらない。

・家康という戦国武将が、エネルギー獲得に有利な江戸に魅力を感じたのは、当然だった。

・今から3000年前、黄河流域には古代文明が栄えていた。その頃には、この大河の流域の80%が森林地帯だったと言われる。

・秦の始皇帝は万里の長城を築いたのだが、あの長城は、膨大な数の煉瓦でできている。煉瓦を焼くために、黄河流域の森林が大量に伐採された。

・木材も石油も再生可能エネルギーも太陽から来る。

・エネルギーの量が人口を決める。

・江戸時代の中心地は江戸だった。江戸時代後半の江戸の人口は、100万人を超えていて、世界最大の都市となっていた。

・近代から高度成長期にかけて、電力会社が山奥の渓谷に巨大ダムを築いて、大出力の水力発電所を運営してきた。

・「利益はすべて水源地域のために」という原則が大事である。

・国産エネルギーの開発が急務となっていて、小水力発電もその一翼を担っていく。

・水という原材料は、一切輸入することはない。

・すべて、日本国産の原料と技術による、持続可能なエネルギーが手に入るのだ。

・近代からポスト近代に移行するこの端境期の今、安全で、快適で、資金力がある都市は、小水力発電事業で水資源地域に手を差し伸べるべきであろう。

List    投稿者 asaoka-g | 2020-01-01 | Posted in E.次代を担う、エネルギー・資源No Comments » 

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