2006-10-21

水も限りある資源の一つ

世界各国における水の使用量を調べていたらおもしろいデータを見つけました。
まず、
(以下引用)

1961 年から 2001 年にかけて、世界で使用される水の量は 2 倍に増加した。年平均の増加率は 1.7 パーセントである。農業用水は 4 分の 3 増加、工業用水は 2 倍以上に増え、生活用水の利用量は 4 倍以上となっている。
http://www.wwf.or.jp/activity/lib/lpr/lpr2004/image/figure25.JPG

(引用終わり)
そして国別のデータでみてみると、
(以下引用)

グラフ 24 は、 1 人当たりの取水量、つまり、河川や湖、貯水池、地下から 1 年間に汲み上げられる水の量を示している。水は、普通、食物や燃料と同じ消費のされ方はしない。質は低下するが、使用された後、おそらく、戻される。そのため、消費量ではなく取水量が測られている。
http://www.wwf.or.jp/activity/lib/lpr/lpr2004/image/figure24.JPG

(引用終わり)
なんとデータからみると中近東の旧ソビエト連邦下にあった国々が上位を占めている。
またこの国々の川を通って流れ込むアラル海が干上がってしまっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%AB%E6%B5%B7
この国々は旧ソ連時代からの農業用灌漑の為に好き勝手に多量の水を取水してきた結果が上記のデータであり、アラル海の無残な現状に至っている。
おそらく農業の手法自体になんら改善もなく、このままではアラル海だけでなく水不足に伴ってこの地域の農業自体も破綻する可能性が高い。
水資源は降雨から始まり、地下水・河川・海・蒸発そして再び降雨と循環するものではあるが、量は無限ではなく使用量が増え続ければ、いつかどこかで破綻が生じることは明らかである。
現に上記のアラル海の干上がりをはじめ、世界各地で地下水の汲み上げ過ぎによる沈下をはじめ様々な問題が生起しはじめている。
普段は何も気にしていない水資源も、他の地球資源と同様に限りある資源の一つであることを肝に銘じておく必要がありそうですね。
 ケリ太

List    投稿者 kaz-tana | 2006-10-21 | Posted in K02.水質汚染6 Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.sizen-kankyo.com/blog/2006/10/31.html/trackback


コメント6件

  | 2006.10.30 22:57

 私の記事を紹介して下さいましてありがとうございました。
 それにしても熊本県立第一高校・地学部の方々すばらしいですね! 感動しました。国交省の人々に爪のアカを煎じて飲ませてやりたいです。
 

 鈴木康夫 | 2006.10.30 23:42

 関さん、コメントありがとうございます。
高校単位履修不足が問題になっていますが、本当に必要なのは、こういった素朴ななんでだろうを解明していく課題意識、参加意識なんだろうなと思う今日この頃です。
 

 さえちゃん | 2006.11.07 0:10

こんばんは!
森林の保水力について書いてあったので、読ませていただきました。
今の若い方々にとって、杉林が森林なのでしょうか。
そのことにショックを受けました。
杉林は、杉の木材生産のために挿し木のスギだけを植えたところです。
間伐状態によって違いますが、樹木の種類も少ないし、杉が挿し木であるために、根っこが浅く(高木でも2メートルほど)、急斜面大では台風や大雨で崩れるので、保水力はあまり見込めないのが現実です。
間伐していない杉林では、草も生えていないので、雨は表土を洗いながら流れてしまいます。そして、スギの木は根こそぎひっくり返ります。
自然の森林と木材生産のための杉林は全く違うものなので、森林の保水力を調べる時には、自然森林でおこなって欲しいと思います。が、熊本は、ほとんどがスギ山になっているので、若い人たちはスギ山を森林と思い込んでいるのでしょうね。
学校の先生もそう思っているのでしょう。みんな、自然森林を見たことがないのでしょう。あまりにも悲しい現実です。

 鈴木康夫 | 2006.11.07 13:30

 さえちゃん様、コメントありがとうございます。
 たしかに、原生林には、保水力はいうに及ばず、生態系の循環過程も計り知れないぐらい豊かですね。われわれの祖先は、生き生きしたその生態系全体を森の精霊と措定したのだと思います。みんなが、大自然に対する畏敬、畏怖の心をもって接することが当たり前になるような意識転換が必要ですね。

 雑草Z | 2006.12.24 14:25

 高校生でも結果を十分予測出来た実験でしょう。こんな実験にも反論できない事を国土交通省の人々が言っているのは、鈴木さんのおっしゃるような理由だけではなく、明らかにはじめに「結論ありき」つまり、彼らはダムを作ること、護岸工事をすること自体が目的なだけです。ゼネコンに設けさせて、経済活性をしたいだけです。(癒着も十分に考えられますね。)とんでもないですね。これからもこういう国の主張のウソを検証する内容の記事をどんどんアップして下さいね。
鈴木さんがどんな記事をお書きになっているか確認するために遡って記事を見つけたら、コメントしたくなるような良質の記事でした。
 恒温動物としての人間の進化にからめた体温発熱の記事も是非読みたいのですが、
この、「緑のダム」による治水機能の代替は可能か?と言う問題の追求は大切ですね。国土交通省の滅茶苦茶な主張は許せません。

 鈴木康夫 | 2006.12.27 11:32

 雑草Zさま、コメントありがとうございます。
私ごときの記事を廻っていただき、恐縮致します。
 ほんとうに自然の摂理からこの環境、社会を考えていくのは、今まで人類史が捨象してきたことを全てといっていい領域で追求していかないといけないという膨大な課題が山積していますが、それ自体、これからの活力源であると思います。それをネットというインフラを通して、追求していく流れがもう始まっています。
(責任を追及することも一方では必要ですが、我々素人が、ドグマに陥らずにできるのは、むしろこれからの有様を追求できることにあるのではと思っています。)
今後とも、よろしくお願い致します。
PS.恒温動物としての人体については、自律神経系の進化系統と西洋医学の実験を超えた生の環境外圧に対してどのように適応してきたのかという視点になるかと思いますが、時間をください。また非力な私だけではなく、みんなで英知を結集していただきたいとも思っています。

Comment



Comment