2008-11-18

妊娠初期の胎児の状況からアレルギー体質を考える

生後のアレルギーの起こしやすさですが、下記の4項目で主に決まるようです。
1.両親の遺伝(アレルギーの起こす頻度・食物や毒素の分解能力・遺伝子)
2.妊娠初期(器官形成期)、母親の体脂肪に蓄えられている環境汚染物質や、現在の生活環境・食物に残存する汚染物質の影響
3.胎盤完成後、母親の食べた食物・生活環境中の物質の影響(胎内感作)
4.生後、食物・生活環境中の物質への接触(触る・吸入・食べるなど)
~中略~
生後のアレルギーの起こしやすさは、特に2の時期にほぼ決まるそうで・・・・・

『なぜ、2.妊娠初期』の時期に生後のアレルギーの起こしやすさ(アレルギー体質かどうか)が決まるのか?』
今回はこの疑問の答えを探るため、妊娠初期の胎盤の形成と、胎児が自ら免疫を生産する過程について調べてみました。
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(1)まず、『妊娠初期』の胎児の状態を見ていきましょう。
『妊娠初期』というと、記載にもあるように胎児にとっては『器官形成期』です。妊娠4週から妊娠12週頃のことを言い、胎児の中枢神経をはじめ、心臓や手足、目や鼻など主要な器官の形成時期にあたる時期を言います。
参考までに、胎児の各部位の具体的な形成時期を調べました。
 神経系:3週~6週  / 心臓 :3週半~6週半 / 耳  :4週~10週
 上下肢:4週半~7週 / 眼  :4週半~8週  / 歯  :7週~8週
 口蓋 :7週~10週  / 外性器:7週~11週
また、この胎児の器官形成期である妊娠12週というのは、ちょうど胎盤が完成する時期にあたります。
このことから、胎盤が完成する頃にちょうど、胎児自身の主要な器官形成が完了するということになります。
(2)次に、胎児自身が免疫を作り出す時期とそのしくみについて調べてみます。
ネット上に分かり易い記事があったのでご紹介します。

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免疫組織の発生は,血球の幹細胞が卵黄嚢に現れることで始まります。
胎生2カ月頃,肝臓で赤血球を主体する血球が産生されるようになり,幹細胞が胸腺に運ばれてリンパ球の起源になると考えられています。
次いで,胸腺でのリンパ球が盛んに産生されるようになって,脾臓やリンパ節が発達してきます。
造血は,次第に骨髄で限局的に行われるようになりますが,胸腺や脾臓,リンパ節では出生後もリンパ球の産生が続きます。
胎児は子宮に保護されていて,外来抗原との接触がないため,胎児には抗体産生が起こらない,と考えられがちです。ところが,胎児もIgGやIgMを産生しているといいます。
胎児の血清中にあるIgGは母親由来ですが,出生時には母親よりも高いIgGをもっています。このことは,胎生末期には,胎児自身がIgGを産生していることになります。
IgGの半減期は約21日ですし,出生後の成長に伴って血液が増するので,生後IgGはいったん低下します。その後,2~4ヵ月後,増加に転じ,3歳頃にはIgGはほとんど成人レベルに達します。
IgG以外の免疫グロブリンは胎盤を通過することができないので,胎児の血中にあるIgMは,胎児自身が産生したものです。
IgMは,20週以降の胎児血清中に存在しており,出生時には成人の約1/5量になっています。出生後は,IgMは急速に増加し,9カ月でほぼ成人レベルに達します。
なお,IgA,IgD,IgEについては,新生児の血中にはごく微量にしか検出されないということです。

この記事からわかることを整理します。
IgMは、20週以降に胎児自身が産出するようになる。
IgGは、胎生末期に胎児自身が産生するようになる。
IgG以外の免疫抗体は、胎盤を通過することができない
胎生2ヶ月(=8週目)頃胎児の肝臓でリンパ球の起源となる赤血球を主体する血球が産生されている。
ということです。
胎盤の完成は妊娠12週目頃なので、8週目頃の胎盤が完成していない段階で、既に胎児は免疫抗体を自ら産生するための準備をしているのです。
(3)『なぜ、2.妊娠初期』の時期に生後のアレルギーの起こしやすさ(アレルギー体質かどうか)が決まるのか?
胎盤はIgG以外の免疫抗体は通過させないとのことですが、胎盤が未完成である胎児の器官形成期には、母親の免疫抗体が胎児にモロに流入するということになります。
だからこそ、この時期に形成される器官に、大きな影響を与える可能性が生じるということになるのです。
Th1リンパ球とTh2リンパ球のバランスで、アレルギーの原因となるIgE抗体の発生量が制御されているといわれています。
もしそうなら、この胎盤未完成時の母親の血液中の免疫抗体の状況によって、胎児の胸腺や脾臓,リンパ節が、Th1リンパ球をつくりやすい器官となるのか、Th2リンパ球をつくりやすい器官となるのかが決定されているのかもしれません。

List    投稿者 isgitmhr | 2008-11-18 | Posted in Z01.アレルギーが増えるのはなんで?7 Comments » 

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コメント7件

 雑草Z | 2009.05.30 15:41

>江戸時代の土地は現在的な意味での私有はなく、共有に近かった
は、非常に参考になりました。田畑を
>「村としての共有」
として大切にし、いわゆる「共有地の悲劇」とは無縁だった事が素晴らしいと思います。
>「田畑永代売買禁止令」
も大切な法律ですね。
今の農地も戦後の農地改革で手に入れた農民が多数な訳ですから、それを勝手に売って利益を上げると言うのは不合理です。
江戸時代も不合理な事は沢山あったでしょうけれど、現代ほどは荒んでいなかったのでしょう。
>ほしいものを手前勝手に売買しても、大して充足できない現実と対照的です。
そうですね。現代の極端な自由資本経済では、ただ経済競争に勝てば大きなお金を得ると言うモラルのないものです。そして共同体が破壊されて来ました。こんな事を放任していたらそのうちグローバルな地球全体の共同体も破壊し尽くすでしょうね。
 人間の数が増えすぎて、人類の影響力も肥大化し過ぎた現代こそ、共同体と言うものが大切ですね。小規模な目に見える共同体に戻る事が大切でしょう。それが持続可能な社会にも繋がるでしょう。

 A.S. | 2009.05.30 16:26

初めての訪問です。
私のほうでリンクを張らせてもらいました。
相互リンクが可能であればいいですね。。。
情報交換ができればいいですね。。。
By A.S. on May 30, 2009

 y.suzuki | 2009.05.31 0:05

雑草さま、いつもコメントありがとうございます。
>江戸時代も不合理な事は沢山あったでしょうけれど・・・>
実は、江戸時代の歴史事象について、当時の状況が実際どうだったのかを感じながら分析していかないと、本当に不合理だったのか微妙なものが多いように思っています。
 環境問題と同じように、その後の明治維新政府のプロパガンダが底流にあるからです。
 今後ともよろしくお願いいたします。 

 y.suzuki | 2009.05.31 0:09

A.S.さま、始めまして。
 ブログ拝見させていただきました。緻密な情報をのせられていますね。参考にさせていただきます。
 相互リンクについては、私も一会員ですので管理人さんにお伝えしておきます。
今後とも、よろしくお願いいたします。

 雑草Z | 2009.05.31 0:20

>本当に不合理だったのか微妙なものが多いように思っています。
>その後の明治維新政府のプロパガンダが底流にあるからです。
そうですね。おっしゃる通りです。過去の歴史は世界中で、後の世の権力者によって書き換えられている事が多いでしょうね。・・信頼できない部分が山ほどあるでしょうね。
>当時の状況が実際どうだったのかを感じながら分析していかないと
それはかなり大変な作業でしょうけれど、y.suzuki さんの鋭い分析に期待しています。

 ホイホイ | 2009.06.11 23:12

>納税=年貢は実態として村全体で一括して収める村請制に移行していきます。これは、実際の米の生産が、村全体で行う全体課題でなければ成立しないからです。そこでは所有という概念はなく、「村としての共有」という意味しかありません。
農民の意識としては・・・
「年貢も村として納める。
そのために、自分は村のみんなの農地の中の一角を役割として任されている」
という感じだったのかな??
支配ではなく、自分達の生きる場を自分達で作っていたという感じですね♪
>統治側の幕府も、その共同体の維持についてはまさに腫れ物に触るかのように慎重に対処していたのではないかと思います。
これ、感覚なんですが、幕府はこれを慎重に対処していたというよりは、大きな共同体の潮流の中に、幕府も組み込まれていたんじゃないかな~と思うんです。
幕府もむしろ、この共同体だからこそ上手くいくと潜在的に捉えられていて、その前提で統治を行なっていたような・・・
感覚なんですけどね・・・

 y.suzuki | 2009.06.14 3:43

雑草Zさん、期待に沿うようがんばってみます。
ホイホイさん、コメントありがとうございます。
>幕府はこれを慎重に対処していたというよりは、大きな共同体の潮流の中に、幕府も組み込まれていたんじゃないかな~と思うんです。>
同感です。だから幕府はまさに慎重にこの共同体原理と統治方針を摺り合わせていくことに頭を使っていたのではないだろうかと想定しています。
これからもよろしくお願いします。
 

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