2009-02-10

究極の『身土不二』!! ~都市農業の可能性~

『身土不二の実現によって活力UP→免疫力UP★』
%E5%B1%8B%E4%B8%8A%E8%8F%9C%E5%9C%92.JPG なかなか興味深い記事です。では、都市に住む私たちが『身土不二』を実現するにはどうすればいいのでしょうか?
『身土不ニ』とは、「カラダは、環境(土地)と切り離せない」という意味で、「自分が長く暮らしている土地で生育された食べ物を食べることが、カラダによい」という考え方のようです。また、昔の人は「1里四方で採れる作物を食べれば健康でいられる」というふうに言い伝えていたそうです。
1里=4km四方で捕れる作物・・・。
都市住む私たちがこの「身土不ニ」を本気で実現するには、農地のある田舎に移りすむか、都市で農業を営むしか方法はありません。
そこで、今回は、『都市農業の可能性』について探っていきたいと思います。
続きはクリックしてからのお楽しみ・・・。

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1.都市農業の歴史
昔は、当たり前のように都市でも農業が行われていたようですが、明治時代からその様子が大きく変わったようです。
(1)江戸時代
江戸市中をはじめとして、各地の城下町は「畑」をまちなかに取りこんだ都市でした。たしかに、江戸には庶民の小さな家が集まった長屋もあり、狭い下町区域で数十万の庶民が暮らしていたのも事実です。しかし、江戸の大半は大名屋敷で占められていて、その大名屋敷、ことに下屋敷には多くの畑がありました。それだけではありません。下級武士の屋敷でも、畑がつくられていたのです。当時、世界最大の100万都市でも、ひじょうに快適な環境であったのは、この多くの畑が機能したからでしょう。
(2)明治・大正時代
明治になりヨーロッパ型の都市計画が始まりました。ヨーロッパの都市は、コンパクトな市域が城壁に守られ、その外に畑があったですが、この構造がそのまま日本の各都市に持ち込まれました。東京をはじめとする日本の都市は郊外の農地を呑みこみ、スプロールしながら拡大していきました。
(3)昭和時代
日本経済の高度成長を背景に、都市への産業集中とそれに伴う農村人口の都市流入などが、伝統的な農業と農村に大きな変化をもたらしました。その結果、これまでの農地が住宅用地や企業・商業用地へ転用し、都市化の拡大とともに急速にスプロール(虫食い現象)化していきました。
2.なぜ都市から農地が無くなったのか?
都市の発展、とりわけ国の施策が大きく影響しているようです。
(1)農地の宅地並み課税
1968年(昭和43年)高度成長期の市街地化の進展に対応し、市街化区域・市街化調整区域の区分や開発許可制度が定められた「都市計画法」が定められました。そして1970年、市街化区域内の農地には、耕作していても農地とはみなされない「宅地並み課税」が課せられるようになりました。この結果、多くの都市農家は、収益性の低い(=儲からない)農地より、収益性の高い賃貸マンションやアパート、駐車場を選択するようになりました。
(2)長期営農継続農地制度
1982年(昭和57年)10アール以上の農地で10年間を継続期間とし、固定資産税を農地課税とする「長期営農継続農地制度」が定められました。市街化区域内の農地と営農が容認されることになり、ようやく都市での営農が認められることになったのです。
(3)再び宅地並み課税の強化
1987年(昭和62年)以後、再び農地に対する宅地並み課税が強化されていきます。
1987年といえばバブルの全盛期。貿易黒字幅の増大と農産物の自由化を背景にした財界からの農業批判、都市地価の高騰を背景にしたマスコミの日本農業非難論が一段と声高になった時期です。当時マスコミは、「地価高騰を招いているのは住宅地の供給不足が原因だ」と、一斉に都市農業の廃止、農地の宅地転用の促進を提言していました。しかし、実際は、たとえ農地が宅地転用されても、到底一般庶民は手が届かない値段で売買されており、最終的に金融機関の不良債権となった土地も多かったようです。
こんな状況にも関わらず、1992年には三大都市圏の市街化区域内農地に「宅地並み課税」が導入されました。この結果、三大都市圏の特定市街化区域農地は、1992年から2000年の8年間で約3分の1が宅地化されたようです。
3.都市農業の可能性
ネットで調べてみるだけでも、都市農業の可能性はいろいろ提示されています。

・中高年のホームファーマー農園(るいネット
・都市の農業体験農園(新しい「農」のかたち
その他(ネット上の世界の都市農業)、
・農場レストラン経営の農園
・農業の栽培ノウハウを教授する体験農園
・福祉施設としての農園
・園芸療法、食事療法、作業療法などの医療機関としての農園
・地域の里山、環境保全のためのコミュニティ農園
・子どもからお年寄りまで地域住民の生涯教育拠点としての農園
・生ゴミ堆肥化と連携した農園
・自然素材を原料とした生分解性、光分解性などの土に帰る循環型素材の開発と普及のための研究農園
・一般の会社の社員教育、福利厚生施設としての農園
・農業と自然エネルギー(太陽光、風力、バイオマス)と組み合わせて、生命活動用エネルギー (食べ物)と電気エネルギーを供給する拠点としての農園
・下水処理機能をもつ農園
・デートスポットとしての農業公園
・農園付きマンションの建設
・フィットネスクラブが経営する健康農園
・ショッピングセンター併設の子どもの遊び場農園 (たんなる泥んこ遊びにすぎない。。。)
・ビルの壁面緑化と屋上農園
・農業をアトラクション化した遊園地農園
・青空だけど農業博物館
・農業芸術活動の拠点としての農園

などなど、考えるだけでも充足しそうな提案がたくさんあります。
また、制度面でも、最近変化が見られます。
大阪府が2007年に制定した「大阪府都市農業条例」などが有名です。これは、将来の農業の「担い手」の定義を大阪府独自のものにして小さな規模の農家を支援したり、遊休農地の利用条件を緩和して法律的な農業者以外の人でも農業をできるようにしたり、農薬管理を徹底して「安全・安心な大阪ブランド野菜」をつくる、という条例です。(農業ニュース
4.まとめ
単純に、都市農業には大きな可能性を感じます。
都市に住む私たちも常に安全で新鮮な作物を安く食べることができますし、作物を輸送するためのコスト、エネルギーのロスも低減できます。都市の環境負荷も低減されます。自給率も上がりそうです。更に、都市の各企業が都市の中で自らの仕事と農園を兼営することは、きっと新たな共同体が生まれる契機になると思います。
こんなにいいこと尽くしの『都市農業』を放っておくのは、まさに 「モッタイナイ」 です。
『国家の統合下で集団の力を活用する』るいネット
国の政策により都市から農地が消えていったように、都市における農地の再生は、国の政策レベルを変えていかなければ実現しません。近年認められた企業の農業参入も合わせ、「個人の趣味の都市農園」みたいなレベルではなく、
『国家主導で都市農園を再生し、企業の力で“万人が農業を担う社会”を作り出す』
これが、現代社会で『身土不二』を実現する唯一の方法なのかもしれません。
金融市場が崩壊した現在、元来市場にそぐわない日本の農業を再生させる絶好のチャンスだと感じます。

List    投稿者 isgitmhr | 2009-02-10 | Posted in Z01.アレルギーが増えるのはなんで?3 Comments » 

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コメント3件

 海の子 | 2009.10.20 21:56

1990年からこんなにも二酸化炭素が増えているのに、民主党政策の1990年比25%は可能な数字なんでしょうか?
消費意欲を高める政策ばかりで、商品製作段階でますます二酸化炭素の排出が増えそうなんですが…。
25%を実現できる、飛び道具があるのでしょうか?

 頑張れ民主党 | 2009.10.20 23:05

温室効果ガス排出量の推移グラフを見ると、「1990年比25%削減」がいかに難しい数字なのかよくわかりますね。
がんばれば実現できる数字なのか?到底実現不可能な数字なのか?気になります。
お金で解決することだけは避けたいですね。

 テルー | 2009.12.24 22:36

結局は、モノがありふれていることが、エネルギー増の主要因ということなんですね。
日本の家電の消費電力▼技術は、正解でも郡を抜いていると聞きます。
この対策は今までもやってきているし、もう、ここをどうこうという問題ではないということ。
つまり、①~③であげて下さった逆のことが出来るかどうか。
これを実現するために、どう共認形成を図っていくか。
今求められている政策はここだと思います。
果たして、民主党はどんな政策を考えているのか?
楽しみです☆

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