2019-06-19

脳回路を解く(4)~・全ては、事象毎に形成された専用回路(特化回路)・~

自転車のように身体の様々な能力を使って体で覚えた技術は「長期の記憶」として保存されます。長期の記憶の利点は、一度身についたら一生忘れないところです。
たとえしばらく自転車に乗っていなくても、幼少のころに何度も練習をして習得した技術は専用回路に入っている。但し、長期に保管されるのは、記憶の概要だけ。完全なものではない。
自転車

このサイトよりお借りしました。

専用回路=長期記憶を思い出して使う際には、短期の記憶がその都度、付け足され完全な記憶に復元するらしい。
自転車にちょっと乗ったり、ピアノや水泳などは少し練習するうちに、体が記憶を取り戻すというわけです。

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日常の風景であれ、過去の体験や出来事であれ、あるいは言葉であれ、全ては運動神経と同様に次々と受信突起を伸ばして繋がった一連の神経回路(専用回路)であり、その繋がりは一旦しっかりと形成されると消え去ることのないほぼ永久の直結回路となる。但し、この専用回路を永久回路として形成→確立するには、反復を繰り返すことが不可欠で、何度も真似(反復)して確立された音声(単語)毎の専用・永久回路は消え去ることはない(言葉を「忘れて終う」ことはない)が、反復回数が少ない専用回路は充分に使えない(従って反復されない)ので、いづれ他の専用回路に塗り替えられて消え去ることになる。

A.運動神経(小脳と大脳運動野)の回路

例えば、自転車に乗る運動神経の回路は、次々と送信突起(軸索)を伸ばして繋がった一連の神経回路であり、その繋がりはいったん確りと形成されると消え去ることのないほぼ永久の専用回路である。

B.出来事や風景や状況の専用回路

しかし、自転車に乗れた時の風景や状況は、一過性の視象(or音象)であり、よほど強い刺激(嬉しさetc.)でもない限り、その時・その場に限りなく近い反復条件を再現することはほぼ不可能なので、殆ど思い出すことは出来ない。とは言え、日常的に接している風景や強烈な刺激を受けた(→内識が生起した)体験を思い出すことは、ある程度できる。そこでは、何が再現(反復)されているのだろうか?そこでの外識は、単なる濃度や周波数ではなく、内識に対応する外識として、つまり内識にとって「ある意味」を持った対象として、つまり、ある形や音として=視象や音象として意識されている。従って、視象や音象という内識が再現されている。しかし、大脳中枢の反復神経(海馬)の量は無限ではない。従って限りある反復神経が永久回路として使われることはなく、本能中枢の反復神経の繋がりは新しい刺激によって次々と塗り変えられてゆく。又、小脳や大脳に送られた情報も、繰り返し反復=再生されないと、回路が細くなり、やがて消えて終う。

1.逆に、さほど強い刺激を伴わない体験や視象や音象でも、日常的に体験している事や接している風景・状況は、絶えず再生されているので、容易に思い出せそうに思う。しかし、目の前にある風景は見たら終いなので、わざわざ「思い出す」必要は小さい。従って永久回路は極めて不充分にしか形成されないので「ある程度」しか再現できない。

2.他方、非日常でも危機逃避etc.強烈な刺激と運動を伴った体験は、強力な内識→外識→運動神経の永久回路を、大脳(運動野)を通じて何度も思い出すことによって再現される。但し、小脳の運動神経が永久回路であっても、内識発で大脳が思い出そうとしなければ再現されないし、思い出し回数が少なければ曖昧にしか思い出せない。

3.人が口にする過去の体験や出来事は、ある程度強い刺激や行動を伴った事象であるが、そこで思い出された内容の全ては正確な事実ではなく、各人の内識が現在形で生み出した脚色された物語であり、極論すれば夢物語に近いものである。夢は、睡眠時に内識が反復回路の中で重要と判断した出来事や外識を再現・定着させる働きに伴って生み出されるが、非覚醒状態なので像があちこちに飛んだりして一貫性がない。それに対して、覚醒時に思い出す場合は、ある程度一貫性のある物語を作り出すことができる。それが人が口にする過去の体験や出来事である。ここでも、その過去の体験や出来事は現在形において再現・脚色された物語なのであって、その「記憶」なるものが脳のどこかに在る訳ではない。(もし在るなら、脚色されていない正確な事実を再現できる筈である)

C.言葉の専用回路

前記の体験や出来事の大半は、言葉化された物語として再現されているが、言葉はどのようにして 再現されるのだろうか?

赤ん坊が言葉を習得していく際、赤ん坊は周りと一体化(同化)したいという一心で言葉を吸収していく。つまり、内識(欠乏)発で言葉を吸収してゆく。その際、ひたすら相手の表情を注視し、そのうち表情や口の動きを真似して言葉を発し始める。つまり、頭ではなく、体を使って吸収する。そのようにして、内識と言葉を繋いだ直結回路が形成されてゆく。

その直結回路は大脳中枢の反復神経(海馬)にはとうてい納まらないので、大脳中枢の内識→外識から大脳に向かう専用回路を(小脳の運動神経と同様に)軸索を繋いだ神経回路として形成する必要がある。そして、反復を重ねて運動神経並みの専用回路が形成されてしまえば、その言葉(単語)を忘れることはない。いつでも思い出せる。音声は100音しかなく、単語にしても1万語ぐらいしかない。従って、1つの単語の専用回路に1万個の神経を割り振ったとしても、300億の神経細胞の0.3%を使うだけ(1万語で)である。

しかし、内識→外識と音声(単語)をつなぐ専用回路を形成するのは容易なことではない。何回も何回も反復させないと、その永久回路は形成されない。そして、新しい言葉(単語)etc.で反復が不充分な場合は、永久回路の形成が不完全なので、思い出すのが困難になる。言葉そのものはあくまでもデジタル記号でしかないので、本能中枢の内識→外識を駆動させない限り、言葉は何の意味も持たない。従って、本能中枢(潜在思念)が駆動していないまま、文字面だけで分かったつもりになっている文字脳の場合、そもそも本当の意味が掴めていないので、決して永久回路が形成されることはない。

List    投稿者 asaoka-g | 2019-06-19 | Posted in O.進化史, O01.脳回路No Comments » 

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