2008-08-16

化石エネルギーは人類にとって何だったのか?

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 お盆休みの真っ只中、訪れていただきありがとうございます。帰省された方も、そうでない方も、じっく
り考えてもらいたいテーマをお届けします。 
現在、この物質文明を支えているのは紛れもなく石油をはじめとする化石燃料というエネルギーです。
石油が枯渇するという話しから、原子力あるいは太陽光発電などへの代替エネルギーの転換が叫ば
れているいま、
化石燃料は人類にとってどういうものだったのか?
 まずは大きな視点でとらえて見たいと思います。
その前に、応援よろしくお願いします。

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■火の使用(化石燃料登場以前)
 火の使用は、過酷な生存闘争に直面した人類にとって画期的な発見でした。当初は、何よりも、外敵から防衛するためであり、寒さから身を守るためであったと考えられます。その後、外圧にある程度適応できる余裕ができると、生存域が拡大して、調理や土器の製造にも欠かせないエネルギー源としての役割となっていったと想定できます。
更に時代が下ると、青銅器、鉄器など、戦争の為の兵器製造のために火は欠かせない存在となります。その為には、原料となる木材を高熱状態(木炭)にする必要があり、膨大な伐採が行なわれました。古代ヒッタイトは製鉄のノウハウを持った為、勢力を伸ばしましたが、一方で、膨大な森林破壊もなされてきたのです。
 しかし、この段階では、まだ化石燃料は登場していません。メソポタミア、エジプトでは天然アスファルトとして湧出していた石油を医薬品、建築資材、接着剤、防腐剤として活用していた程度で、エネルギー源としての活用はありませんでした。
 つまり、狩猟採取生産、および中世の農業生産まで、エネルギーは太陽の担いうる範囲で充分まかなってきたといえます。
■石炭の活用(近代市場社会=産業革命をもたらした)
 とはいえ、森林資源が農地の開拓にともない減少していくなか、16世紀半ば、当時の資本家たちはイングランドで石炭を燃料とすることをはじめました。炭鉱は大規模な設備と人力を投入しなければ掘れません。金儲けの事業として石炭業がはじまります。その後、1712年には、有名な蒸気機関の発明により、石炭をエネルギー源とする内燃機関が飛躍していきます。これが七つの海を制覇した大英帝国を支えたエネルギー源であったことは否めません。しかし、その代償は、都市部の大気汚染を引き起こしました。そして、つい50年ほどまえの1952年12月4日、同じく英国のロンドンでスモッグにより、約4000人が死に至る大惨事がおきました。事実上、石炭の終焉を示す出来事で、労働運動と相まって、その後、石油の時代に突入していきます。
■石油万能時代へ
 市場社会、とりわけ、大量生産、大量消費の工業社会にとって効率が求められます。扱いやすい、安価なエネルギー、原料として、石油は万能を発揮しました。実は、経済指標のGDPは、このエネルギー使用量に見事に比例しています。それだけに、石油を巡る利権争いは悲惨を極めました。
 
・1956年 ナイジェリア ロイヤルダッチシェルが石油採掘により、地場産業を壊滅させ、抗議にでた住民を利権に合意した軍事政府が殺戮。
 直接的な環境破壊、産業破壊のほか、その国の石油供給をとめたりと、国家を超えた制覇力を持っていたといえます。太平洋戦争、イラク戦争、その他枚挙に暇がありません。
 高みに立った金融資本家たちは、戦争にしろ、開発にしろ、この石油をもとに、あらゆるものを市場化していきました。逆に石油という存在(とそれを市場化しようとする邪心)が、ここまで大量な生産・消費を可能にしたともいえます。
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 ここで、原油という資源を利用しつくし、市場へ乗せて儲けるだけ儲けるという、市場原理の極致を垣間見た感じです。これが市場のいう効率という概念の本質です。これは、鯨の事例と比較するとわかりやすいのですが、かつての日本では、一見同じように余すところなく利用することが当たり前でしたが、それは、もったいないからという意識が前提にあり、儲かることは度外視した価値とは対極にあるのではないでしょうか?
 その結果、エネルギー使用量は、かつての太陽の恩恵を受けたエネルギーのみに依存した採取農業生産社会を1とした場合、現在の工業生産社会は概ね100と言われています。
 これは、人類だけがその時間スパンを100倍早めていることを示しているのではないでしょうか?
 ましてや原子力などは、何億倍になるのでしょうが・・・・
 市場拡大第一で、それにエネルギー供給を合せていくのでは、エネルギー収支の観点で、その他の自然界とのバランスがとれません。明らかに自然の摂理をこえていることとなっていませんでしょうか?
市場が飽和した日本だからこそ、脱石油エネルギーを真剣に考える時代になったと思います。
 お休みのところ、お付き合いありがとうございました。

List    投稿者 y.suzuki | 2008-08-16 | Posted in F.エネルギー問題ってどうなっているの?No Comments » 

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