2022-07-12
世界を旅する写真家が体験した「万物との一体化」とは?2~宇宙(=相手)と一体化し、自身の体験を正面から受け止め、理解し、整えていく。~
世界を旅する写真家が体験した「万物との一体化」とは?1~極彩色のコンドル~
では、旅する写真家、竹沢うるま氏が体験したアヤワスカの儀式を紹介しました。
前回の内容を簡単にまとめると、
・南米奥地で「アヤワスカの儀式」を体験
・ドロドロの液体を飲み干すと、苦しみの中で「宇宙と一体になる」感覚を得る
・暗闇の中から聞こえてくるロヘル(シャーマン)の歌が「極彩色のコンドル」として具現化し、目の前にあらわれる
・幽体離脱の様な状態になり、「ビジョンの大海」と言われる、様々なイメージが波のように押し寄せてくる。
となります。
2では、彼が経験した「ビジョンの大海」を紹介します。
◇ビジョンの大海とは?
ビジョンの大海では、
旅の途中で出会った人々のこと
旅に出る前に抱えていたたくさんの不安のこと
日本で住んでいた海沿いの街のこと
これまで付き合ってきた女の子とのこと
フリーランスの写真家になりたてのこと
等、非現実的なものから具体的なものまで、さまざまなイメージの断片が次から次へと波のように押し寄せる。
と氏は表現します。
非常に興味深いのが、
その記憶に出てくる登場人物の心の動きが、すべて手に取るように、さらには人だけでなく、ありとあらゆる生命の心も感じることが出来た。
という現象です。
あのとき、あの人にひどい事を言われたと思っていたけど、実は自分のことを本当にきちんと考えてくれた上で言った言葉であって、愛情に裏返しだったんだとか、自分でもわかっていなかったけれども、自分はあの人のことを好きだったんだとか、そのときには分からなかったことを事細かに感じることができた。
非常に不思議な現象ですが、宇宙と一体化するという事は、相手とも一体化するという事。
だからこそ相手の気持ちも手に取るように分かる。と考えると辻褄が合います。
「今」ではなく、我々が「過去」と呼んでいる現象も手に取るように分かる。という事から考えると、宇宙にとっては、「時間」というものは存在しないのかもしれません。
そもそも「時間」というのは、現実に存在しない。という説や時間感覚がほとんど無い民族も存在します。
時間は現実には存在しない。時間は幻想。
時間観念の薄い、狩猟採集民族「プナン」の様子
ビジョンの大海は、間違えて認識されている記憶をひとつひとつ正しい場所におきなおすような作業であり、自分にとって何を意味するのかわからずに整理することができなかった経験や記憶を、きちんと正面から受け止め、理解し、整えていく作業のようだった。
儀式の最後、僕は黒い靄を吐き出し続けていた。
それは自分が抱える過去だったと思う。
子供のころのトラウマ。人を傷付け、逆に傷付けられた記憶。
写真を仕事にするようにしてから抱いていた不満や嫉妬。
思うように物事が進まず極限までに抑圧された心。
ひとつひとつそれらに向き合い、整理されることもなく放り出されたままの過去はあるべき場所に収められ、いびつに変形したものは、綺麗に形を整えられた。
そして最後に胃液とともに洗面器にごとりと吐き出した黒い塊は、自分のなかに蓄積していた心の澱のようなものだった。
それを吐き出すことによって、僕は過去を浄化し、精神的なカタルシスを得たのだった。
宇宙(=相手)と一体化し、自身の体験を正面から受け止め、理解し、整えていく。
これがアヤワスカの儀式の神髄なのでしょう。
氏がアヤワスカを吐き出す事で第1回目の儀式は終了します。
体内から吐き出される液体とともに、拳くらいの大きさの黒い物体が飛び出し、洗面器のなかにごとりと乾いた音を立てて転がった。このとき、僕はこれまでの過去を整理し、余分なものをすべて吐き出し、浄化されたことを知った。
とある様に、アヤワスカの儀式で、竹沢氏は「浄化された」と認識します。
3では、1回目の儀式で「浄化された」と思っていた氏が、2回目の儀式で辿り着いた「本当の心底」を紹介します。
世界を旅する写真家が体験した「万物との一体化」とは?1~極彩色のコンドルとの出会い~
人類は「万物と一体化」が出来る能力があります。
自身も山に登った時の自然と一体になる感覚やサウナでの「ととのう」感覚等、
一体化?に近い感覚を経験した事はありますが、
本当の一体化ではないのだろう、本当の一体化ってどういう状態なのだろう
、と以前から気になっていました。
そんな中、たまたま読んでいた旅する写真家、竹沢うるま氏の著作「ソングライン」で
南米大陸の奥地でシャーマンの儀式を受け、宇宙と一体化した体験が言葉化されているのを発見しました。
最終的には「快楽」の境地に辿り着く一体化ですが、その過程の苦しみも言葉化してくれており、
「万物との一体化」とはこういう事か、と生々しく追体験が出来たので、紹介します。
◇大切なのはすべてを受け入れること。
氏は、世界を巡る途中、南米の奥地で「ロヘル」という男性シャーマンの儀式を体験します。
この儀式はアヤワスカ※の儀式と呼ばれており、かつてインカ帝国の祭司たちは、この儀式で未来を予見し、現状を把握し、政治的な判断を得てきた、と言われています。
※アマゾン川流域に自生する蔓植物の一種。ケチュア語でアヤは精霊を、ワスカは蔓を意味し、「精霊の蔓」「死者の蔓」という意味がある。
夜9時。森に囲まれた小さな小屋。ろうそくの薄暗い灯り。森の中からたくさんの生き物の声が聞こえる。
そのような状況で、儀式は行われました。
ロヘルからのアドバイスは
「大切なのはすべてを受け入れること」
氏は、アヤワスカの入ったどろどろの液体を一気に飲み干します。
強烈なにおいが喉を流れ落ちていく。
どろりとした液体が喉の内壁にへばりつき、徐々に体の奥へと進んでいく。
まるで蛇が自分より大きな生き物を丸呑みしたときのような圧迫感が喉の奥に広がった。
やがて液体は胃に辿り着き、体内に存在する空っぽの闇を埋めていく。
胃が痙攣し、肉体が激しく拒絶する。
それは驚くほど濃かった。
苦しさのあまり吐き出しそうになるが、なんとかこらえていると、ろうそくの火が消され、あたりが闇に覆わる。
聞こえてきたのはロヘルの声。
恐れる必要はない。大切なのは、すべてを受け入れることだ
◇極彩色のコンドル
暗闇から聞こえてくる プスー、プスー、プスーというシャーマン独特の呼吸法。
不思議な呼吸音を聞いていると、
体は、無限の宇宙を構成する濃密な闇に浮かずひとつの星となって、無数の星々のなかに浮かんでいた。
闇のうねりに身をゆだね、ひとつの光となって億光年の旅路にあった。
無限の空間に浮かぶ自分自身は、存在しないも同然なほどに小さくなり、宇宙の一部としてそこに浮かんでいる。
このとき僕は、星になっていた。
星となり、宇宙の一部となっていた。しばらくの間、宇宙と一体化して、闇に浮かんでいた。
とある様に、氏は自分と宇宙が一体となる感覚に陥ります。宇宙と一体となり、闇に漂っていると、今度はロヘルの歌声が聞こえてくる。歌声に呼応して意識が少しづつずれはじめる。
そしてその意識=宇宙のゆがみのはざまに、何かが存在している気配を感じ取ります。
なんだろうか?
氏の目の前に現れたのは、極彩色のコンドル。
はたしてこのコンドルは何者なのか。
「ここから先の世界は、言葉で表現するのは難しい。」
そう書いている通り、衝撃的な体験であったことは想像に難くありません。
氏は、極彩色のコンドルが見える世界を
目で見るものでも、耳で聞くものでも、手に取って触れるものでもなく、ひとつの存在、もしくはエネルギーの集合体であり、
肉体を離れ、自分自身もひとつの精神的な存在と化し、その世界に一体となって、初めて捉えること出来る世界。
そう表現します。
極彩色のコンドルは、ロヘルのトーテム(守護神)であり、ロヘルの歌が視覚化された姿だった様ですが、頭で考えたのではなく、身体で感じた事が視覚情報として映像化される、そのような状態だったのでしょう。
目の前のコンドルとアヤワスカによる苦しむ、そんな状況の中、氏は肉体から魂が離脱する、幽体離脱の状態に入ります。
ふと身体が浮き上がるような感覚になった。
それまでの身体のしびれはなくなり、自由に動くことができた。
そして、目の前に浮かぶ闇に手を伸ばすと、掴む事が出来た。
体は起き上がり、コンドルについていこうとして前に進み始めた。
そして、ふと後ろを振り返ると、そこに苦痛の表情をして身もだえする僕が床に転がっていた。
僕は自分自身の肉体を俯瞰していた。
肉体が感じている苦しさ、痛み、熱。
そのひとつひとつの感覚が理解できる。
なのに、それを上から見下ろしていた。
この状態で、氏の目の前に様々なイメージが波のように押し寄せてくる状態になりました。
この事を、アヤワスカの儀式では「ビジョンの大海」と呼ばれています。
竹沢氏は「ビジョンの大海」で何を見たのでしょうか。次回②では、その中身に迫ります。
参考:「ソングライン」竹沢うるま著
磁力の発見の歴史(ルネサンス)①~人間は神に代わって自然を支配することが許されている~
●ニコラウス・クザーヌスによる神の相対化と宇宙観
(ニコラウス・クザーヌス 1401~1464年)
15世紀のヨーロッパは、カトリック教会の力が急速に弱まった時代だ。それまでの封建制が飽和状態に達し、中世的秩序が徐々に融解してゆく時代だった。
ニコラウス・クザーヌスは、衰退してゆくカトリック教会の力の回復に向けて奮闘した人物である。それまでの時代に於いては、宗教信仰に対して多くの人々が武力を用いて、他の宗教に対する否定や弾圧、殺し合いをしている時代である。そのような封建制が融解してゆく中で、クザーヌスは「永続的な平和」を実現するような調和点を求めて、神学思想を展開した。 (さらに…)
電気を食べてメタン(天然ガス)を作る微生物~電気をガスとして貯蔵
残念ながら電気は保存できません。最近の停電騒ぎでもあったように、電力会社は必要な分だけを発電します。電力の貯蔵は、過去から蓄電池等の開発、最近では水を電位分解して水素として貯蔵、揚水式発電等etc様々な研究がされていますが、まだまだコストも高い。
前回、電気を作る微生物の研究を紹介しました。今回は逆に、電気の貯蔵に着目し電気を食べてメタンを作る微生物の研究を紹介します。微生物の力を借りて電気とCO2から天然ガスを作ろうという研究です。電気をメタン(天然ガス)の形に変えてエネルギーとして貯蔵できれば、必要な時に必要な量の発電がいつでもできる。この中でCO2も吸収している。
すべてのエネルギーの根本にあるのは磁力か?・・・磁力線とプラズマがつくる宇宙のフィラメント構造
画像は、こちらよりお借りしました
☆☆☆エネルギーとは何か?
この問題はいまだ誰も明快に答えられない。物理学では、運動(または状態変化)の前後で保存される物理量(測定可能な量)が一般的な定義である。つまり、エネルギーを直接定義しているわけではなく、エネルギー総量は運動の前後でも変わらないという『エネルギー保存の法則』を説明するために作られた言葉という意味合いが強い。
また、その中身は力学的、電気的、磁気的、化学的なものまで含み、それらの物理量相互の変換方法は決められているが、これも、エネルギーとは何か?について言及しているわけではない。これらの、実用的な理解としては、『対象』に対して変化を起こすことが可能な『主体』が持つ『力』の物理量(測定可能な量)というところだろうか?
☆☆☆電気(電界)が先か、磁気(磁界)が先か?
磁気も当然のことながらエネルギーをもち対象に作用し、その影響範囲を磁界という。その際、電気(電界)が先か、磁気(磁界)が先かという問題にも決着はついていない。概ね現代では、電気が先で、その変化に伴い磁気が付随的に発生する、もしくは、電界と磁界は同時に発生する、という見識の方が多い。
この理由は、電磁界に関する科学技術が長い年月にわたり、最初に測定したのが電気や電界という歴史に関連している。それは、磁気に比べて測定しやすい電気を測定することで、電気現象から見た科学の体系が先にできており、磁気そのものの本質や作用機序は測定の困難さや、その構造の複雑さゆえに、ないがしろにされてきたという現実がある。
例えば、脳波の測定も心電図も電気測定から出来た技術で測定した結果であり、これを前提に脳や心臓の働きを推察している。それに対して、脳や心臓の微弱磁気を正確に測定できるようになったのは最近であり、それによると、人体からは、その他臓器も含めて、部位ごとの特性を持った磁気が発せられていることが明らかになってきた。
次に、宇宙の中の銀河などの軌道や構造も、従来の万有引力理論だけでは説明できないため、ダークマターなど、いまだ発見もされていない何かを仮定してやっと説明できたことにしているが、磁気・電気をもとにしたプラズマ宇宙論では、ダークマターなどの存在など措定しなくても説明できる理論になっている。しかしながら、これも電気主導論の影響を受けている。
ここでも、電気が先か磁気が先かの議論になるが、宇宙網と言われる、蜘蛛の巣状の構造体に、プラズマが巻き付いているような構造や、『フィラメント構造=すべての銀河を組織化し駆動する壮大な電磁エネルギー』からも、磁気エネルギーが先で、それに電子やイオンが磁力線に沿って巻き付いているはないかと思う。
この現象を更に深く捉えるためには、物質が無いから空っぽという『真空という概念すら刷新される必要がある』。
螺旋思考のススメ~答えのない時代で前進感を生み出すための生命原理への回帰~
現代では螺旋構造の有用性について多くの自然現象で判明しています。
アンモナイト貝の形状やひまわりの種の配列など自然の中でより効率よく・安定性を高めるための構造となっています。
螺旋は他にも意味をもっており永続的な運動や成長・進歩などとりわけ前進感を生む言葉にもなっています。
しかし現代の人類は全世界が共通して停滞感を感じざるを得ないのはなぜでしょう。
経済・政治・市場で活力が見いだせない時代に突入し、誰も答えを提示してくれません。
それぞれの人間が進むべき道を探し、実践するための前進感はどこから生まれるのでしょうか。その答えは螺旋思考にありそうです。 (さらに…)
木のゆらぎが人間のゆらぎと共振共鳴して快感覚を刺激している!?
木と”ゆらぎ”の関係はどうでしょうか?