2013-04-17

縄文に学ぶ自然の摂理 ~縄文時代の基礎知識1 豊かな森と二つの道具~

シリーズ「縄文に学ぶ自然の摂理~縄文人はいかに気候変動に適応したか」を進める上で、縄文時代の基礎知識を、「縄文と古代文明を探求しよう」さんの記事を中心にまとめてみました。縄文っておもしろそう、気になるっていうビギナーさん、いっしょに勉強しましょう!
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今日は、縄文時代に開発された2大発明品、弓矢土器、そしてそれを育んだ森林についてです。

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一変する生活環境~縄文革命を育んだ日本の森林の誕生
約3万~4万年前、日本列島にはじめて人類が到来してから、人々は特定の地域に長らく滞在することはなく、むしろ食料を求めて絶えず住まいを移す、いわば移動生活を送りながら日々の暮らしを営んでいました。
しかし氷河期が終焉を迎え、縄文時代草創期に入ると、狩猟・採集生活を基盤とする定
住生活へ移行するようになります。
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このような移動生活から定住生活への転換を可能にしたのは日本列島を覆う森林の存在でした。
ではかつて日本の森林は、一体どんな姿をしていたのでしょうか?

花粉分析や植物遺体などの調査結果から、縄文時代早期の一万年前の後氷期に入ると、温暖化によって照葉樹林が北上し始め、九州の平野部、四国、紀伊半島の南部から東海地方の南端、房総半島南端にまで達したことが明らかになっている、
近畿、東海、関東の平野部では温暖帯落葉広葉樹林が占め、北陸や東北地方では冷温帯落葉広葉樹林が覆うようになった。

さらに、7000~6000年前、温暖化がピークに達し、気温が現在よりも2~3℃高かった縄文海進の時代になると、照葉樹林は九州、中四国、近畿の平野部や低山地に進出し、東海、関東の沿岸に達する。北陸、中部、東北地方の低山帯から山地、中部、関東、東北南部の低山帯や山地には、暖帯落葉広葉樹林が広がる。
この樹林では、豊富な木の実を生産するコナラやクリが優占し、前述したようにこの時代の人口増を支えた。

※環境考古学者の安田喜憲の書籍より引用
つまり縄文時代前期ごろは、温暖化するのに伴い、樹木が豊かに繁茂し森林が誕生したことで、植物採取生活を糧として、世界史上初の農耕ではない定住生活を確立した のです。
一般的には『定住生活イコール農耕生活』という所が多かった時代において、採集生活でありながら定住生活を維持していくこの生活様式は、他文明にはなく、旧石器時代とも全く異なることから、縄文人らしい生活だったと言われています。
※参照:当ブログ「日本の気候② 気候変動と森の歴史
縄文を代表する2大発明品、弓矢と土器
縄文時代を代表する道具といえば、パッと浮かぶのは『弓矢』『土器』だと思います。こうした弓矢や土器などの新しい道具が発達した背景には、上記の森林の誕生に伴って、外圧状況が変化したことが大きく関係していると考えられます。
たとえば、弓矢は弓の反発力と弦に張力とを組み合わせて利用し、矢を遠くに飛ばす道具ですが、飛力、貫通力、命中度など、いずれをとっても優れた狩猟具だったことは言うまでもありません。旧石器時代、草原生活で大型生物を相手に発達したと思われる投げ槍は、森林の誕生によって木の上で生活を始める小動物をしとめるには的が絞り込めず、有効打にはならなくなりました。弓矢の発明によってようやく、森林の小動物を相手にした生活が可能になったのです。
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こちらからお借りしました
また土器については、旧石器時代にはない煮炊き用の道具を手に入れたことから、生活様式の根本を変えるような大きな影響を与えたといわれています。
というのも、森林の誕生によって、ドングリ、クリ、クルミなどの堅果類が豊富な実をつけますが、これら堅果類の主成分は、コメなどの穀類に大変近く、栄養価もそれに劣らず高かったことから、文字通り「主食」としての役割を果たしていたそうです。(なんでもドングリには、100gあたり240~280キロカロリーの熱量があり、一人一日1.5キロ、年間に約550キロ分のドングリを食べれば、それだけで全てのカロリーをまかなえる食材だったのだとか。これには驚きですね。)
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こちらからお借りしました
しかし、堅果類の多くは、そのままでは渋くて食べることはできないので、どうしてもアクを抜く必要がありました。そうしたアク抜き等の加熱処理のために煮炊き用の土器を使うことによって、縄文人は森林に実る豊かな山の幸を利用することが、はじめて可能となったのです。
また煮炊きをするということは、様々な食材を組み合わせて、味覚や栄養のレパートリーを広げることができ、創意工夫をこらす独自の文化が発達しました。
つまり縄文人の食生活において土器が極めて重要な役割を果たしていたことが、ここからもよく分かります。
~縄文時代の基礎知識2につづく

List    投稿者 seiichi | 2013-04-17 | Posted in 未分類 | No Comments » 

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