(画像はコチラ [2]からお借りしました)
前回、現代栄養学の嘘という記事(リンク [3])を紹介しました。
今や、コンビニや飲食店でもカロリー表示は当たり前になっており、
いつも間にか『低カロリーはいいことだ』という感覚がまかり通るようになっています。
しかし、カロリー計算の根拠を調べてみると、
人体での消化を物質の燃焼を同じものと(=燃焼機関)して仮定し、
食べ物を燃焼させたときの熱量を計算しているという驚きの内容でした。
なぜ、これほどまで現実とかけ離れた『栄養学』なるものが浸透してしまったのか?
そして、本来のどう有るべきなのでしょうか?
■西洋発の栄養学に異論を唱えた明治時代の食養学者:石塚左玄
栄養学が日本に取り入れだしたのは明治時代です。
栄養学は、1920年頃に佐伯矩(さいき ただす)という医化学者によって、提案・提唱されました。当時の日本政府が欧米列強との軍拡競争のために富国強兵策を推し進めていたこともあり、それまで「営食養生」と称されていた食の営みの在り方に「栄える」という字を当てた「栄養学」の研究は、政府からの大きな支持を得られることになり現在に至っています。
「栄養学」は大雑把に言えば、ヒトや食品を構成している物質を科学的に細分化しながら、その物質(栄養素)が生物にどのような影響を与えているのかを研究する学問です。
栄養学による研究は、ヒトにしろ動物にしろ食品にしろ、あくまでもその個体(または特定の集団)に生じる変化や現象にしか視点を置いておらず、その他の存在に生じてくる変化については、研究や考察の対象外とされてしまっている点が大きな欠点だと言えるでしょう。
一方で、この流れに異論を唱える流れがありました。明治時代に活躍した福井県(藩)出身の軍医 石塚左玄(いしづか さげん)が創立した『食養学』です。
「食養学」は、栄養学同様に科学的細分化による研究をしながらも、根底に古代中国の思想である陰陽論や五行思想を取り入れた学問であり、その考えは、過去幾数千年の経験則に基づき体系化した(東洋)科学であることや、万物との調和を善しとするところが、新たなデータから知見を導く(現代)栄養学とは根本的に異なっているのです。
現在でも、天皇家の御献立は栄養学ではなく食養学に基づいて立てられているなど、食養学が決して迷信や妄信の類のものではなく、永き伝統を継承しながら、調和のために発展してきた素晴らしき学問であることを物語っています。
しかしながら食養会(玄米菜食を基調とした食養を実践する団体)は第2次世界大戦後、GHQにより公職追放されることとなったようですが、現在は、日本綜合医学会やマクロビオティック関連団体が食養学の普及及び実践を行っており、その徐々に大衆に広がりを見せています。
■食養学とは?
では石塚左玄が提唱した『食養学』の中身を見てみましょう。
①食本主義
「食は本なり、体は末なり、心はまたその末なり」と、心身の病気の原因は食にあるとした。人の心を清浄にするには血液を清浄に、血液を清浄にするには食物を清浄にすることである。②人類穀食動物論
食養理論の大著である『化学的食養長寿論』は「人類は穀食(粒食)動物なり」とはじまる。臼歯を噛み合わせると、粒が入るような自然の形状でへこんでいるため、粒食動物とも言った。または穀食主義。人間の歯は、穀物を噛む臼歯20本、菜類を噛みきる門歯8本、肉を噛む犬歯4本なので、人類は穀食動物である。穀食動物であるという天性をつくす。③身土不二
「郷に入れば郷に従え」、その土地の環境にあった食事をとる。居住地の自然環境に適合している主産物を主食に、副産物を副食にすることで心身もまた環境に調和する。④陰陽調和
当時の西洋栄養学では軽視されていたミネラルのナトリウム(塩分)とカリウムに注目した。陽性のナトリウム、陰性のカリウムのバランスが崩れすぎれば病気になるとした。ナトリウムの多いものは塩のほかには肉・卵・魚と動物性食品、カリウムの多いものは野菜・果物と植物性食品となる。しかし、塩漬けした漬け物や海藻は、塩気が多いためにナトリウムが多いものに近い。精白した米というカリウムの少ない主食と、ナトリウムの多い副食によって陰陽のバランスくずれ、病気になる。⑤一物全体
石塚左玄は口癖のように、「健康を保つには生命あるものの全体を食べることだ。野菜は皮をむいたり、湯がいたりせず、魚なら骨やはらわたを抜かず、頭から尻尾まで食べよ。食物に陰陽の別はあっても、生きているものは、すべてそれなりに陰陽の調和が保たれているのだから、その部分だけを食べたのでは健康長寿は望めない。自然界の動物たちの食べ方をよく見るべきだ。彼らは人間のように包丁を用いたり、味付けをしたりはしない」と、言っていました。
■世界でみられる発酵食品
『食養学』を要約すれば、『人は食物によって形成される。良い食事とはミネラルバランスの取れた生命の全体を食べるのが良い』ということになります。しかし、その中で『身土不二』という概念には納得するものの、他の概念とはどのように繋がっているのでしょうか?
そこでキーワードとなるのが『発酵食品』ではないかと思います。
人類は飢餓との戦いの中で、腸内細菌と共生することで適応してきました。腸内細菌が生み出したエネルギーを優先的に使うように適応してきたため、食べ物から得る栄養は「補助栄養」でしかないことが分かっています。
腸内細菌は赤ん坊の頃に母親の母乳を通して胎内に摂取するだけで無く、食事の時に周囲の空気中に拡散している微生物を常に取り込んでいます。つまり、人類は周囲に無数に存在する微生物を取り込み共生するために、微生物が腸内で繁殖できるような環境を提供するという共生適応の道を選んだのです。
このように考えると周囲に存在する微生物と食べ物を使って作られるものが『発酵食品』です。発酵食品は、微生物の存在が知られる前から、様々な手順により歴史的に塗り重ねられてきた方法により作られ、雑菌の繁殖を防止し、発酵が進む環境を整えることで、食品が腐敗せずに長期保存できるようにしたものです。
世界には様々な文化がありますが、どの文化においても発酵食品が存在します。日本であれば、味噌、醤油、納豆、があり、江戸時代には様々な種類の微生物を売る『麹屋』なる職業があったほど、日本では発酵文化が栄えてきました。
人類は飢餓との戦いの中で、発酵食品を生み出してきましたが、発酵食品は『飢餓』のための食糧という位置づけだけでなく、むしろ必要な腸内細菌を保存するという意味合いの方が大きかったのではないでしょうか?その証拠に、どんな発酵食品も大量に食べることを前提としておらず、一口程度或いは調味料や副食として利用されることがとても多いです。世界のほとんどに発酵食文化があることを考えれば、人間は微生物と共生するために、発酵食を生み出したと考えても良いのではないでしょうか?
■新たな伝統食の再生
現代の『栄養学』のおかしさは、人間を機械のように“燃焼機関”とみなしていることだけでなく、人類と微生物の共生の歴史を全く無視し、且つ、扱っているのは食べ物を微細に分解した栄養素だけであるという点であり、科学の体を成していません。
『栄養学』という誤った学問によるライフスタイルが欧米諸国によりグローバル化され、世界のいたるところで病気を生み出し、さらにそれを間違った医学によって治療しようとしており、役に立つどころか害悪を生み出しているのが現状です。『栄養学』がもたらした罪は計り知れないでしょう。
今求められるのは、石塚左玄が成し遂げたような、伝統食や人類史、生物史まで遡った理論なのです。それは、決して近代思想に基く偏った学問ではなく、目の前の現実を直視し、有のままの自然に同化し、自然の摂理、生物史、先人立ちの教えに則った学問すなわち、本源収束の潮流に乗った理論であるべきなのです。現在の日本は明治時代から環境も変化し、生活も変化してきました。当然、当事の伝統食に戻ることは出来ませんが、伝統食には先人から連綿と引き継がれてきた伝統食に学び、新たな伝統食を自分たちの手で再生し、塗り重ねていくことが求められています。
その上で、今後明らかにしていくべき課題をいくつか提起したいと思います。
・発酵と腐敗の違いは何か?
・発酵食品の多さと病気の関連性はどのくらいあるのか?
・腸内細菌はどのくらいで外部環境に適応できるのか?
・微生物は生体内元素転換していると言われるがその仕組みは?
