皆さん、こんばんわ~
寒暖の差が激しい今日この頃ですが、皆さん、風邪など大丈夫ですか
一緒にこのテーマを追求している さんは、最近めっきり風邪をひくことが減ったそうです
「やっぱり、感トレ(感謝と謝罪のトレーニング)や職場の女同士のつながりが深まって、共認充足が十分得られるようになったからじゃないかな 」
まさに、今のテーマを実践されていってるんですね
さて、
健康=元気の素ってなんだろう?その5~相手と自分を同一視する潜在思念~ [1]
脳の中で、共認機能はどのように働いているのか
健康=元気の素ってなんだろう?その6~相手への応望こそ、おしゃべりの原点~ [2]
観念機能(=言葉)も共認機能がベースにある
を明らかにしてきました
さて今回は・・・
原点に戻って、共認機能は一体どのようにして出来たのか、生物の歴史にタイムスリップしてみましょう
いつも応援ありがとうございます
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皆さん、共認機能が、いつどのような外圧状況下で出来たかご存知ですか
それは・・・なんと 人類が人類になる前の、サル時代(原猿)にまで遡ります
彼らは当時、どんな外圧状況に置かれていたのでしょうか
実現論 第一部:前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能 [4]より、ご紹介です
[5]←原猿ってこんな感じ 😉
かくして、樹上逃避機能を獲得したが故に死なずに、かといって縄張りもなく中途半端に生き残ることになった原猿たちは、本能が混濁して終う。しかも彼らは、絶えざる縄張り侵犯による過剰な緊張や怯えや飢えの苦痛など、全ゆる不全感に恒常的に苦しめられることになる。同じ性闘争本能を持つ肉食動物や草食動物がぶつかったのは本能の適応不足=限界であり、それは全ての生き物の本能が孕んでいる限界と同質のものであるが故に、彼らの限界も他の生物と同様に、無自覚のDNA変異によって克服されていった。しかし、原猿がぶつかったのは単なる本能の限界ではなく、絶えず生存の危機に晒され不全感覚が刺激され続けるという意識的な極限状態であり、しかも本能そのものが混濁するという本能の不全(縄張り闘争には勝てないのに、死なずに辛うじて生きている)故に、本能ではどうにもならない(従って本能を超え出るしかない)という未明課題だったのである。
生きれるのだから、いいことのように感じますが、本能には全くないものであったため、従来通りには適応出来なくなったんですね 🙁
このような状況に対し、縄張りを確保出来なかった弱オスザルたちは、どのように適応していったのでしょうか 🙄
次回のお楽しみ